理想と現実の間の矛盾のなかで取った正解のない決断

悩みに悩んだ社長は、Bをいきなり退職させることはできないこと、Bには今回のことについてしかるべき責任を求めること、及び再発防止を心がけることなどをCに説明した。Cとしてはまったく納得できなかった。「加害者であるBと、なぜこれからもいっしょに仕事をしていかなければならないのかがわからない」ということであった。「怖い」ということだった。

被害に遭った人からすれば、加害者と同じ場所にいたくないというのが当然の心情だろう。でも、一般の中小企業の場合、なかなかそういった配置換えはできない。結果としてCからは退職の申し出があった。

私は社長に「そうか、わかった。がんばれよ」ではCに対して示しがつかないということを説明した。対応を誤れば、退職後に損害賠償などを請求される可能性もある。そこで社長はCに対して退職時に賃金3カ月分相当の賠償金を加算して支払うことにした。さらに社長は、Cのために再就職先の斡旋までした。自分の知人のツテをたどっていろいろ就職先を紹介していた。

Cは結局、自分で就職先を見つけることができたが、社長の姿には感じ入るものがあったようだ。いろいろあったが、最後には「お世話になりました」と言って退職していった。

今もってこのような解決が良かったのかは誰にもわからない。「社員とその家族を守る」という言葉は耳に心地よいが、実際に守る上ではどうしようもない矛盾にも対峙しなければならない。

セクハラを起こした社員への申し渡しは社長自身が行うべき

この事例ではもうひとつ問題が残っている。Bに対する社長の責任だ。

若い社長からは「先生からBにひとつ言ってもらえませんか」と依頼された。「お断り。なにがなんでもしない」ときっぱり回答した。人事における処分は、事業の根幹に関わることだからこそ、社長自身がしなければならない。

非を指摘することは、リーダーにしかできない。だからこそ、違法な行為に責任を求めるときには、リーダー自身が自分の言葉で部下に告げるべきだ。ここで逃げてしまって、弁護士に依頼すると、社員は社長の顔ではなく弁護士の顔しか見なくなってしまう。これでは社長としての職務を果たすことができなくなってしまう。嫌なことだからこそ社長がしなければならない。

いくら優秀な人材であっても規律に反したときにはしかるべき処分を下すべきだ。「優秀な社員だから今回は大目に」としていると、いつのまにか問題社員に会社を牛耳られることになる。雰囲気の明るい職場というのは、その底辺に緊張感があるということを忘れてはならない。