とにかく孫氏のビジョンを実現できるように

筆者がアルデバラン社(現ソフトバンクロボティクスヨーロッパ)の技術者に取材したところ、同様の証言が得られました。買収直後はメゾニエ氏も孫氏の寵愛を受けているように思えたが、その後はとにかく孫氏のビジョンを実現できるようなロボットを作り上げるために、多数のデザイン案を用意するように言われたそうです。

Pepperに興味津々な拙宅山本家三兄弟。飽きずにずっといじっていました。

「多数のお供を従えた孫さんはまさにロード(君主や殿様の意)のようだった。へつらう部下の前で、短い時間でいくつものデザインを見ると、これがいいとひとつのデザイン案を指さしてから、急ぐように去っていった。そして、それがいま私たちが開発しているPepperが決定した瞬間だった」(アルデバラン社の技術者)

複数の関係者によると、確かにPepperのデザインを決めたのは孫氏自身のようです。またソフトバンクのロボット戦略の根幹にPepperを置く決定をしたのも孫氏です。それだけではありません。ソフトバンクの「ソフトバンク 新30年ビジョン」を見ると、ロボット事業の展開について孫氏がかなり明確な達成目標をもっており、同社がロボット事業でのイノベーションに懸けていることも理解できます。

「Pepperの親権」という問題にとどまらない

つまりは「ソフトバンクグループは優しさを持った知的ロボットと共存する社会を実現したい」「人々を幸せにするために脳型コンピューター、情報革命を広めていきたい」という未来絵図に対して、Pepper以外のロボットが「優しさを持った知的ロボット」として登場することは許せないという考えがあったのではないでしょうか。単に「Pepperの親権がどう」という問題にとどまらないわけです。

とりわけPepperには孫氏の思い入れが深く詰まっているように思えます。これは「似たようなロボットで資金を集めた林氏を許せない」というよりも、「事業戦略の根幹において競合になりかねない」という考えがあったと理解すべきでしょう。ソフトバンクは2017年6月にグーグルからBoston Dynamics社やSCHAFT社を買収しています。それだけ孫氏のロボット事業に対する熱意というのは持続的で激しいのです。

さらに、ロボットに搭載される「ヒューマンマシンインターフェイス」は、人工知能や自動運転、スマートスピーカーなどと並び、IoT分野の根幹技術のひとつです。孫氏が「Pepperの父」という名を林氏に譲れないと思うのも、この分野での技術蓄積がなければ、30年後のソフトバンクは見通せないと考えているからでしょう。

それでもなお、孫氏が譲らないのはなぜか

不幸なのは、Pepperのビジネスはまだ発展途上であり、新30年ビジョンの一角としての収益を生む前に、林氏が開発の現場から去ってしまったことです。もしも本当に伸びやかな市場のなかで他社ロボットと切磋琢磨している状況であれば、このような「親権論争」が起こることはなかったでしょう。

今回の騒動によって、孫氏が依然としてロボット事業に深い関心を払っていることがよくわかりました。この問題には、結論も、落としどころもなさそうです。Pepperの真の開発者だけが生みの親を名乗れるということであれば、それはアルデバラン社の若き技術者たちということになるでしょう。Twitterでは「孫正義氏はせいぜい『Pepperのパパ』」と揶揄する人もいました。孫氏が多額の資金を提供したことを考えれば、そうした揶揄が広がるのもわかります。

それでもなお、孫氏が譲らないのはなぜか。その点を考えることが重要ではないかと思います。

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