大統領暗殺より10日ちょっと前の1979年10月4日、韓国の国会で、最大野党の新民党総裁である金泳三(キム・ヨンサム)の除名決議案が、与党の画策により通過しました。金泳三の地元である釜山とその隣の馬山市(現昌原市)では、これに反発した学生や市民による、反朴政権の大規模デモが発生します。

内乱を危惧する部下、流血も辞さない大統領

この「釜馬民主抗争」の情勢を分析していた金載圭らKCIAは、「事態は深刻で、放置すれば暴動が5大都市(ソウル、釜山、仁川、テグ、光州)すべてに広がり、内乱になる」と朴正熙に報告しました。金載圭は自ら釜山を視察し、朴正熙政権の破局の可能性を感じ取っていたのです。

しかし朴正熙は、「KCIAが手ぬるいから、こんなことになった!」と激怒しました。報告の場にいた車智澈は大統領に同調し、「閣下、カンボジアでは(ポル・ポト政権が)300万程度殺しても問題ありませんでした。デモ隊を100万や200万程度殺しても心配ありません」と暴言を吐きます。朴正煕は「今度は大統領である私が発砲命令を下す!」と叫んだといいます。

金載圭は肝硬変を患っており、そう長くは生きられないことを自覚していました。流血の惨事を防ぐためにも、自国民への発砲命令をも辞さない大統領の暴走を終わらせることが自らの使命であると、覚悟を決めたとも考えられます。

金載圭は裁判の結果、絞首刑となります。

次回は、朴大統領暗殺後の大混乱を追っていきます。

(*1)雑誌「新東亜」1998年11月号 「朴善浩軍法会議証言録音記録」
(*2)「新東亜」2005年12月号 「金載圭弁護人アンドンイル弁護士が打ち明けた『大統領の私生活」」
(*3)ハンギョレ新聞2016年11月5日 崔太敏の知人、チョン・ギヨン牧師インタビュー

宇山卓栄(うやま・たくえい)
著作家。1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済を読み解くための宗教史』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)、『“しくじり”から学ぶ世界史』 (三笠書房) などがある。
(写真=AP/アフロ)
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