予めプログラムされた命令が発動されるきっかけには、金正恩氏自身の斬首作戦も含まれるでしょう。つまりは、「金正恩氏が斬首されれば○○作戦の展開を開始せよ」という無数の命令が予め発出されているという事を意味します。今年の春先には、米軍による先制攻撃が近いという噂がまことしやかに流され、多くのメディアが踊らされました。斬首作戦に対する様々なシナリオの解説も行われました。私が、斬首作戦を含める電撃戦が成功する確率について極めて懐疑的であるのは、以上に述べた北朝鮮軍の性質を勘案してのことです。
イラクにおいて組織的戦闘が数週間で終結したのに対して、北朝鮮ではゲリラ戦が北朝鮮中の山や村を舞台に年単位で続き、しかも、それらの特殊部隊は生物兵器や化学兵器で武装している可能性が高いのです。
スリーパー・セルの活動
「第二次朝鮮戦争」を想定した際に、もう一つ重要となる視点がスリーパー・セルの存在です。これらは、北朝鮮が韓国や日本国内において潜伏させている、いわゆるスパイのことです。これらのセルは、長年に眠っているように韓国や日本社会に溶け込んでいるものの、いざ有事となればテロや破壊活動をするように命令されています。前述した予めプログラムされた命令を受ける民間の戦闘員です。
当然、日韓の治安機関はこれらのうちのいくつかについては把握していることでしょう。それらを、「泳がせておく」ことによって、組織の全体像をつかもうとするせめぎ合いが日夜展開されているわけです。文字通り、スパイ小説の世界です。ただ、日韓の治安機関が優秀といっても完璧ということはありません。
韓国と北朝鮮は同一民族です。日本にも、朝鮮半島との長く複雑な歴史がありますから、スリーパー・セルをリクルートし、隠しておくことは比較的容易です。日韓のような開放的な社会にあって、監視の目をかいくぐって活動を開始するすべての組織や個人を事前に把握することは不可能なのです。
スリーパー・セルのターゲットは、比較的警備の薄いソフトターゲットでしょう。空港・鉄道・道路や橋などの交通インフラ、発電所や通信施設などの電力・通信インフラが狙われるのか、あるいは、銀座や新宿の繁華街でのテロを狙うのか。日本国民全体を瞬時に人質にとることができるのは、やはり、原発へのテロです。責任ある立場にある方はどなたも認めたがらないけれど、ほとんどの原発は自動小銃程度の軽武装の特殊部隊でもって占拠できるはずです。占拠した後は、全電源を喪失させてしまえばよいわけです。
もちろん、そうなれば、自衛隊が防衛出動して奪還作戦を行う展開となるわけですが、人質となった電力会社職員の人命もあるし、原発を舞台に奪還作戦をするとして追い詰められた特殊部隊はどう考えても最後には原発もろとも自爆する道を選ぶでしょう。私も、国防や治安の任にある政治家や官僚と議論してきましたが、「備えはできている」と国民向けにリップサービスをする際に、そこまでを想定した議論は聞いたことさえありません。
そんなことまで言い出したら、とても原発再稼働なんてできないから、余計なことは言うなということかもしれませんが。念のため、付け加えると原発を持つことによる安全保障上の脅威は稼働しているかどうかとは、それほど関係ありません。稼働していなければメルトダウンする可能性はありませんが、原発施設を爆破して放射性物質を離散させることは、いずれにせよできますので。
戦争の目的と手段
朝鮮半島における軍事オプションを想定する場合、何が戦争目的となるのでしょうか。最も直接的には、(1)北朝鮮の核戦力(核弾頭及びミサイル)を取り除くこと、となるでしょう。
論点となるのが、(2)金正恩体制の体制転換、まで目指すのかという点。
日本の立場からすれば、(3)朝鮮半島に友好的な国家を出現させる、東アジアの平和と戦略バランスを考慮した長期目標もあるでしょう。
参考までに、最近の米国が目的としているのはあくまで(1)であって、(2)ではありません。米国政府はその意図を明確にしています。(3)については想定に入ってすらいません。
仮に、「第二次朝鮮戦争」が戦われたとして、(1)を実現するためには地上部隊の投入が必要であるとすると、(1)と(2)は事実上セットということになります。地上部隊を投入して、北朝鮮中の核施設をくまなく探索するのに、平壌を落とさないという作戦はあり得ないからです。本稿では、米軍や日韓における犠牲について書きましたが、当然、北朝鮮国内での戦闘も厳しいものとなるでしょう。
人口の密集度という点が北朝鮮と日韓では異なりますから、死者の数という指標で比較することが適切かどうかはともかく、破壊の度合いはより厳しいものとなるでしょう。北朝鮮がゲリラ戦を展開するような場合には、米軍としても民間人への敵対意識が高まり、その犠牲も大きくなることは必定です。