公表されない「監督上の措置」

その事実は、どこにも公表されていなかった。つまり、文書を入手しない限り知ることができない情報だった。北海道警は、ひき逃げをした警察官を給料カットという軽い処分で済ませ、その処分を発表せず、そもそもひき逃げ事件自体を隠していた。

2015年、道警では22人の職員が懲戒処分を受けている。結論を言えば、その処分の半数以上が未発表だった。隠されていた不祥事の中には、万引きや強制わいせつ、住居侵入、速度違反などの犯罪も含まれている。もちろんひき逃げも犯罪だ。これらが外部に知られることなく、警察内部で封印されていた。文書に記録されただけで、まったくあかるみに出なかった。

それだけではない。

今、懲戒処分が22件あったと書いた。だが道警ではその年、懲戒処分にあたらなかった不祥事がさらに141件あったことがわかったのだ。「監督上の措置」と言われるそれは、やはりほとんどが未発表だった。懲戒処分のひき逃げや強制わいせつなどと同じく、文書に記されただけだった。記録には犯罪が疑われるケースも含まれ、その中には懲戒のひき逃げとは別のひき逃げ事件も記されていた。先の巡査と同じようにひき逃げをし、「減給」よりもずっと軽い処分を受けた警察官が、もう1人いたわけだ。そして、2件とも発表されていなかったわけだ。

閑散とした道庁本館の1階。カフェラテを放置して文書に目を走らせていた時間は、ものの4、5分間ほどだった。公文書開示請求で入手した無愛想な書類の束は、脳内で派手な見出しのついた記事に変わり始めていた。

私は地元の『北方ジャーナル』という月刊誌に毎月、数本の記事を寄せている。雑誌の名は、弁護士などの司法関係者ならばよく知っている筈だ。誌名をインターネットで検索すれば、1979年の「北方ジャーナル事件」がヒットする。すでに「歴史上の雑誌」だと思っている人は割と多いようだが、同誌は現在も途切れず発行され続けている。発売は毎月15日前後。文書を入手した時点で、次号の締め切りまでに若干の時間的余裕があった。

とはいえ「記事」には原則「取材」がつきものだ。だが私は、未発表不祥事についてこれといった取材をしていない。道警に文書開示を求め、条例に従って開示された物を受け取っただけだ。

それを結果として記事にしたのは、「隠すこと」自体がニュースだと判断したためだ。役所が隠していた事実をあかるみに出すことには、たぶん意味がある。

本書のもとになった連載は、そのようにして始まった。

小笠原 淳(おがさわら・じゅん)
ライター。1968年生まれ、札幌市在住。旧『北海タイムス』の復刊運動で1999年に創刊され2009年に休刊した日刊『札幌タイムス』記者を経て、現在、月刊『北方ジャーナル』を中心に執筆。同誌連載の「記者クラブ問題検証」記事で2013年、自由報道協会ローカルメディア賞受賞。ツイッターアカウントは @ogasawarajun
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