なぜ、年末年始の逮捕はないのか

検察が岡光氏を逮捕するのはいつなのか。私には予測がついていた。ずばり、(1996年)12月4日。そして、逮捕と同時に、厚生省への家宅捜索が実施されることも。なぜ、12月4日だとわかったか。それは、起訴までに要する日時を知っていたからだ。11月18日の朝日新聞朝刊で事件が報じられ、岡光氏は事務次官を辞職していた。朝日新聞の取材に対し、「任意の自白」に等しいことを話した以上、岡光氏の逮捕は免れるはずはない。

※ここまでの経緯は「記者100人を騙し通したわが孫子の兵法」(http://president.jp/articles/-/22063)、「飯島勲直伝「スキャンダル報道の潰し方」」(http://president.jp/articles/-/22096)を参照

検察の勾留期間は、20日以内と定められている。もし、12月4日を過ぎてしまうと、役所のカレンダーがお正月休みに入ってしまい、20日間が確保できない。つまり、勾留期限20日以内というルールで、期限を目一杯とるためには12月4日までに逮捕をするか、年が明けてから逮捕することとなる。さらに検察の立場からすれば、勾留前に情報収集や証拠固めをなるべく多くしたいと考えるのが妥当だと捉えれば、目一杯の勾留期限がとれる12月4日が逮捕のXデーとなるのだ。もし、12月4日を過ぎても逮捕されないと、正月明けの御用始めで逮捕をすることになる。これを捜査当局は「初荷」と呼んでいる。このように12月中旬から年始にかけて、大きな事件の逮捕はしないという原則があるのだ。

岡光氏の著書『官僚転落』には、そのときの模様がこう記されている。

「その日は都内の警察関連施設での事情聴取だった。最初は二課の刑事が当たっていたのだが、しばらくすると東京地検の検事がやってきた。簡単なやりとりがあったあと、少し待つように言われたのでそのままでいると、突然に逮捕状を執行するということを言われた」「毎日の警察の取り調べは、朝8時半くらいから始まり、夕方まで続いた。そのあと東京地検のほうの取り調べがあって、夜の11時か12時くらいまで行われた。それが連日続いた。そのために夕飯は地検で取るのが日課のようになっていた。ほぼ拘置期限ギリギリの20日目にあたる12月25日に取り調べの担当が私にうれしそうにこう言った。『岡光、クリスマス・プレゼントだよ。本件は起訴になった』」「取り調べは身体的暴力こそふるわれてはいなかったものの、それに匹敵するくらいの非常な屈辱をおぼえるものだった。大声を発しての罵詈雑言はあたりまえのことだった」「勾留中の接見の際に担当の弁護士に訴えることもしたり、拘留に関する裁判官の聴き取りに際しひどい扱いを述べたが、無視された」(本文は、表記等原文ママ)

著書からも岡光氏も悔やんでいることが読み取れるが、人間、初めて逮捕されるとなると気が動転してしまい冷静な判断ができなくなり、検察側のペースでやりたい放題をされてしまう。例えば、経営者が逮捕される際に、ネクタイ着用のスーツで出頭することも多いと思うが、首吊り自殺を防止する観点から、すぐにネクタイは外され、ベルトも取られて情けない格好にさせられてしまう。まじめな人ほど、普段の生活との落差にがっくり来てしまう。私はテレビなどでジャージ姿で逮捕される容疑者を見ると「こいつは手強いぞ」と感じる。逮捕慣れしているのだ。取り調べの中で罵詈雑言を浴びせられることぐらい覚悟しなければならないし、もし裁判官に訴えるにしても口頭だけでなく、詳細な日時ややりとりも含めてメモをし、それをぶつけなければとりあってもくれないということだ。「逮捕慣れ」というのも変な言葉だが、検察は自らのつくったストーリーにあわせて強引な誘導尋問めいたことを平気でしてくる集団だということを肝に銘じておくべきだろう。正義は勝つ、などと甘い幻想を抱いてはいけない。無罪を勝ち取るためには、検察のつくり上げたストーリーを徹底的に崩していく必要がある。

「人間のクズ!」「お前は悪者なのだ」と耳元でがなり立てられたかと思えば、猫なで声でなだめすかしたり、同情してみたりする。「お前以外は(検察のストーリー通りに)全員自供した。お前が自供しなければお前だけ不利になるぞ」という脅しも日常茶飯事なのである。それは岡光氏も先ほどの著書で明らかにしている。

このように絶体絶命の岡光氏でも、無罪になる2つの可能性があった。正確に言えば、私が考えついたものは1つだったのだが、もう1つは、御皇室の健康情報から推測される恩赦の可能性だった。あとから知って驚いたが、当時、宮内庁の関係筋から得た情報や、橋本龍太郎総理大臣(当時)の不可解な宮内庁の訪問を分析したところ、最悪の場合、恩赦があって岡光氏が無罪になるということだった。しかし、岡光氏が有罪になった上で恩赦がでるのであって、それでは意味がない。やはり、検察側の不備をついて、岡光氏を無罪にしなくてはならない。