ひき逃げ=減給1割1か月?
小部屋を出てロビーを対角線上に抜け、再び受付へ。バッヂを返した時点で、まだ午前10時になっていなかった。
すぐそばに建つ北海道庁本館庁舎には、1階に喫茶コーナーがある。徒歩で3分ほどの距離だ。受け取ったばかりの紙の束を手に、そこを目指した。ゴム長靴の底に、また少しばかりの雪がへばりつく。
道庁のロビーにも、受付はある。だがそれはあくまで「案内」の窓口で、いちいち用件を告げたりバッヂを付けたりする必要はない。その受付の左側を抜けると、奥にドトールコーヒーのカウンター。1杯250円のカフェラテを註文し、道産木材が使われているという作りつけの卓に着いた。暖房が効いているのかどうかはっきりしない庁舎内で紙カップの中身を一口啜り、文書の束を拡げる。
手にした文書は、『懲戒処分一覧』という。道警の職員が起こした不祥事の数々を記録したものだ。A4判の紙に、細かな横書きの文字がびっしり。一番上に重ねられた1枚、2015年1月から11月までの記録は、次のケースで始まっていた。
処分年月日 H27.10.21
処分量定 免職
所属 警察署
階級 警部補
前年秋に起きた出来事。道警の警部補だった人が守秘義務を破り、つまりなんらかの捜査情報を誰かに漏らし、免職になったという。大きく報道され、私自身も道警に問い合わせを寄せた事件だから、記憶に新しい話だ。『一覧』では名前や生年月日を記した欄がべったり墨塗りされ、職場の警察署名も伏せられているが、どちらも新聞やテレビでとうに報じられていた。無論、私も知っている。
そのすぐ下にも、すでに報じられた事件の記録があった。警察署の巡査が落とし物の現金を騙し取って、免職。これも知っている。どこの署の何という巡査の事件なのかも報道によって周知の事実だが、やはり『一覧』では真っ黒に塗り潰されていた。
その次の行には、部下に供述調書の偽造を命じた警部補の停職処分。これもまた報道されている。その次は、公文書を廃棄して失踪した事務職員の停職処分。これも新聞記事になり、私も裁判を傍聴した。次いで、酒気帯び運転で出勤した巡査の停職処分。これはひときわ大きく報じられた。それから……。
カフェラテのカップに伸ばそうとしていた手が、寸前で止まった。
『一覧』の7行め。報道されていない不祥事が記録されていた。
処分年月日 H27.1.28
処分量定 減給10/100 1月
所属 警察署
階級 巡査
交通違反をした巡査に、給料1割カットを1カ月。記録はそう語っている。「救護等の措置を講じることなく逃走」とは、平たく言えばひき逃げだ。警察官がひき逃げをして、「減給」処分を受けた。そういうことだ。
近視の私は眼鏡を外し、文書をほとんど顔にくっつけて凝視する。
「減給」「10/100」「1月」。何度見ても変わらない。