【中野里】実は寿司の世界では、かなりの部分が明文化されておらず、暗黙知になっています。ですので、カリキュラム作りは大変でした。特に、考えるまでもなく「当たり前」としてやっていることを文章にしようとすると、「なぜそうするのか」がきちんと説明できないといけない。これが難しいのです。徒弟制の世界では起こりがちな「俺流」「ウチの店ではこうやっている」といったケースも、何が正解なのか人によって意見が分かれることが多い。これから新人にまず教えるとすれば、どういった方法を伝えるのがより良いのかを、ベテランの職人も一緒になって話し合わなければなりません。その作業を通じて、教える側も学べる部分が非常にあるはずなんですね。
この作業は各店の29人の店長たちが中心に頑張ってくれましたが、自分が責任を持つ店の事だけでなく、40歳前後とまだ若い彼らが会社全体の未来を考え、創り出すことができるということで、みな楽しんで取り組んでくれていたと思います。
「修行3年」を「研修3カ月」に
【丹羽】自走式に至るまでには課題はありましたか?
【中野里】はじめはやはり温度差がありました。店長たちと、その下にいる主任や一般社員との間、あるいはアルバイト・パートさんとの間の温度差ですね。これは今でも、温度差があって当たり前なのか、それともそこも底上げが必要なのかは悩んでいるところです。店長と全く同じレベルは難しいのはもちろんなのですが、情報共有をどのように図るか、など――全員を巻き込むとなると人数が多くなりますからね……。
とはいえ、まずは、この玉寿司大学を通じて、体系だった教育をしっかりと行っていきたいとは思っています。従来現場で3年かかっていた修行を、3カ月の研修でものにできるようにするということですね。そのために、例えば、職人の包丁さばきを映像に撮り、新人と何が違うのかを科学的に比較するといったことにも取り組んで行きます。
【丹羽】なるほど。対象はあくまで新入社員なのでしょうか?
【中野里】まずは新入社員ですが、その後は中途採用の方や、いま働いている職人さんにもその範囲は広げていきたいと思います。調理技術だけでなく、玉寿司の歴史・理念や接客のあり方なども学べる場にしていきたいなと。大学を通じて、そういった取り組みを継続していくことで、先ほどの温度差も小さくなっていくのではないか・自走する組織に近づいていくはずだという狙いがあります。ただ、いずれにしても組織全体に大学の効果が行き渡るのはおそらく10年くらいかかるでしょうし、そのつもりで私も腰を据えて取り組むつもりです。
実は玉寿司では、取引のあるビール会社さんにも協力してもらって各店舗に覆面調査も行っています。その活動を通じて、玉寿司としての品質が各店舗で確保されている面もあるのですが、さらなる技術と品質の向上を目指すために、この大学を生かしたいなとも考えています。現場としても、3カ月で理論的に裏付けされた技術が磨かれた新人を迎え入れるわけですから、先輩としてもちゃんと勉強しておかないと逆転されちゃうよ、なんて話していたりもしますね(笑)
【丹羽】なるほど(笑)。それにしてもミステリーショッパー(覆面調査員)を、ビール会社からというのはうまい方法ですね。
【中野里】相談してみたところ、快く協力してくれまして。もう3年になりますね。