寿命は簡単に20年延びる

10年前にはマウスを若返らせることは難しかったのですが、今は簡単です。今若返りのために使うことができる分子はかなりあります。例えばレスベラトロールやNAD以外では、ラパマイシン、メトホルミン、ニコチンアミドモノヌクレオチドなど、老化を遅らせる分子はたくさんあります。今それがヒトにも効果があることを証明したいと思っています。またアルツハイマー病や二型糖尿病は、老化と深く結びついています。30歳とか40歳になったときに、こういう分子を注入すると老化だけでなく病気に対しても体が防衛してくれます。7つのサーチュイン遺伝子のスイッチをオンにすると、老化を遅らせたり、アルツハイマー病の発症を遅らせたりすることができることは動物では証明できています。今それがヒトに効果があるかどうかテストしなければなりません。私の父親は75歳ですが、先ほどの分子を注入しています。非常に健康で、強いです。私よりも健康です(笑)。自分の体を使って人体実験をするのはオーストラリアの伝統です。ノーベル賞を受賞したバリー・マーシャル医師は、胃で悪さをするバクテリア(ピロリ菌)を発見したときに、自分の体にはそのバクテリアがいなかったので、自らバクテリアを飲み、わざわざ感染して、抗生物質を飲んで治療し、研究材料としました。同じということではありませんが、私の父親も12年も前に自ら進んで実験を引き受けてくれました。オーストラリア人は勇気があるというか、クレイジーなところがありますね(笑)。

私は、老化には2つのステージがあると考えています。ステージ1は80歳までの期間です。ヒトは中年を過ぎると、細胞の核とミトコンドリアにあるDNAが正しいコミュニケーションを取れなくなっていることがわかっています。それが原因でDNAの読みが変わってしまい、老化が進むのです。これについては、我々のアプローチによって若返りが可能と考えています。もっと年をとるとステージ2となり、ミトコンドリアDNAの突然変異が起きたり、不完全なかたちのタンパク質が増えたり、寿命と関係するテロメア(細胞が生まれ変わるたびに減少していく遺伝子)にもいろいろなことが起こり、後戻りは難しくなります。

私が力を注ぎたいのは、80歳や90歳になるもっと前に、ヒトを若返らせることです。あまりにも年をとってから若返らせようとするのは、中年のときと比べるとはるかに難しいのです。現段階の技術では不老不死にはたどり着けませんが、寿命は簡単に20年くらい延びるでしょう。

ハーバード大学・教授 デビッド・シンクレア
1969年、オーストラリア生まれ。シドニーのニューサウスウェールズ大学で最優等学士を取得。コモンウェルス賞を受賞。95年、分子遺伝学を専攻し学位を取得。トンプソン最優秀学位論文賞を受賞。MITでギャランテ博士の下で勤務した後、現職に。
(大野和基=インタビュー・構成・撮影(シンクレア氏) 小倉康平=監修・編集協力 時事通信フォト=写真)
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