過去の見直しは「ゼロベース」から

英国には40代の終わりに2度目の勤務をしたが、1度目から帰国した80年代前半は、日米半導体摩擦に火が点いていた。担当は引き続き医療機器向け部品の輸入だったが、半導体担当の後輩と本社近くへ飲みに出ると、よく「日米摩擦に、どう対処すべきか」を論じ合う。

無論、始めから答えを教えはしない。自分にも、名答があったわけでもない。最初から考えを決めて、相手をそちらへ誘導するのではなく、話をしているうちにぼんやりしていたものが狭められてきて、「ああ、やっぱりこれだな」と至る。それが田中流で、いまも同じ。要は、みんなでベクトルを合わせ、全体最適を目指す。「六馬不和」では、目指すところには至らない。

半導体摩擦では、米国が「日本はもっと米国製を買え」と強硬だった。だが、東芝一社でも、たくさんの部署が、多様な半導体を使っていた。個々に対応したら、無駄やコスト増が生じる。後輩と飲みながら「うちは、どのくらい米国製を買っているのか」と尋ねると、部門ごとに部品番号がばらばらで把握できていない、という。そこで、「集計に、部品コードの一本化が必要だ。その実施計画をつくれ」と助言する。

米国のメーカー別、分野別に検索できるようにする計画だが、社内に「何のためにそんなことをやるのか、面倒だ」との声が出る。でも、「やり通せ」と指示して、全社の調達担当者7800人分の伝票を3カ月で整理させ、金額でも数量でも検索できるデータベースをつくらせる。すると、米国製は全体の18%で、分野によって使用率にばらつきが多い、とわかる。米国メーカーに「もっと買えと言うなら、こういう分野でいい品を用意しろ」と反論させた。

2013年6月、社長に就任。すぐに、社内報で「仕事をゼロから考えよう」「いまやっていることを否定してみよう」と、呼びかけた。「もっと、いい方法があるかもしれない」「本来、どういう進め方をするべきか」と、議論も求めた。みんなで議論し、決まったことに、「六馬」の和で臨む。

日本人は、過去を否定し、ゼロベースから考えるのは苦手だ、と思う。それぞれが「よかれ」と思ってきたことを否定するのは、自己否定にもなるので、できる人はまれだ。ましてや、前任者を否定することになると、もっとやらない。自分自身にも、そういう点はあった。でも、「これからのことを考えるのだから、やってみよう」と思い直してきた。やはり、将来にこそ、照準を合わせたい。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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