幻に終わった「日立製作所と三菱重工の全面統合」。その1年4カ月後に突然発表されたのが、両社“部分統合”だ。なぜ、部分統合が実現したか? その伏線は13年前にあった。

航空機事業は、大きく伸びるチャンスがある

三菱重工業 常務執行役員航空宇宙事業本部長 
鯨井洋一

広島製作所における「777」の製造を軌道に乗せてホッとした鯨井洋一だったが、昨年7月に、大宮英明社長(現・会長)からこういわれた。

「広島(製作所)の(飛行機の)経験を生かして、メイコウの面倒を見てほしい」

先ほどの、鯨井が“青天の霹靂”といった場面だ。メイコウといえば、大宮が、30年以上、全身全霊を捧げた“航空機製造の聖地”だ。大宮は、鯨井が「777」でえた知見、経験が大宮が推し進めようとする改革のベクトルと一致すると考えた。鯨井も、大宮、宮永改革の“申し子”として将来を期待されている。

同じく改革の申し子であり、後継者として大宮から社長に指名された宮永は、11年に社長室長に就任、大宮の片腕として「大宮改革」の制度設計を担当した。

三菱重工業は、6つの事業本部を4つのドメイン(「エネルギー・環境」「機械・設備システム」「交通・輸送」「防衛・宇宙」)に集約させ、それぞれが1兆円の売り上げを目指す。三菱重工業と日立製作所における「火力発電システム事業の統合」効果などを含め、17年度以降、「5兆円企業」を視野に入れる考えだ。

鯨井が託された航空機事業は、4ドメインの1つで「交通・輸送」の核となる事業である。宮永も、こうエールを送る。

「航空機事業は、これから大きく伸びるチャンスがある。現時点で330機の受注がある、三菱リージョナルジェット(MRJ)は、成功させないといけないし、ボーイングのティア-1(1次下請け)の事業も、大いに期待が持てる」