一蓮托生なムードは「気持ち悪い」

なぜこういう「無関心な中立」とでもいうべきスタンスを取る人があまり好印象を持たれず信頼されもしないのかというと、周囲の人とくらべて「組織人」としてのコミットメントの熱量の差が明確にあると見なされるからだ。

会社組織のメンバーであることに対してみんなが一定以上の熱量を持って“没頭”しているときに、無関心かつ中立的なスタンスの人は必ずしも周囲と同じくらいのテンションで熱量を持つことはなく「組織人」として没頭することを拒絶し、どこか“醒めた”雰囲気を保っている。

組織人としてコミットするというのは、いわば自分のなかにある「個人」の割合よりも「群体」としての認知の割合を濃くすることに相当する。悪くいえば「自分」をなくしてしまうことを共起するものだ。