美とは絶対的なものである

とかく、美しいというのは、おていさいのいい、気持ちのいい、俗にいうシャレてるとかカッコヨイ、そういうものだと思っている人が多い。ちょうど「衣食足りて礼節を知る」という場合の礼節のように。

しかし美しいというのはもっと無条件で、絶対的なものである。見て楽しいとか、ていさいがいいというようなことはむしろ全然無視して、ひたすら生命がひらき高揚したときに、美しいという感動がおこるのだ。それはだから場合によっては、一見ほとんど醜い相を呈することさえある。無意味だったり、恐ろしい、またゾッとするようなセンセーションであったりする。しかしそれでも美しいのである。

「醜悪美」という言葉も立派に存在する。僕はかつて縄文土器や殷周の銅器などについて、「いやったらしい美しさ」ということをさかんに言ったが、その意味である。