【弘兼】漫画家になるにはいろいろなパターンがあって、たとえば高校を卒業したあと、どこかの先生のアシスタントに入って漫画家になる道もあれば、時間の融通がきくアルバイトをしながら投稿を続けて漫画家になるという道もあります。僕の場合、とりあえず漫画の技術を生かせる宣伝の仕事をしていた。すると仕事でつきあう相手はデザイナーやイラストレーターが多くなります。彼らがみんな漫画を描いているのに触発されて、ああやっぱり俺もこっちのほうにいこうと思って辞めました。だからちょっと遠回りしたかもしれないけど、その遠回りがけっこうよかったんです。3年間のサラリーマン生活で見聞きした経験をもとに描いた『島耕作』がヒットして、今年でとうとう連載30周年ですから。
【俣野】すごくコストパフォーマンスの高い3年間でしたね。もし弘兼先生が松下電器に入っていなければ……。
【弘兼】島耕作は違ったストーリーにはなっていたかもしれませんね。僕は大学を卒業するときに宣伝部門が強い会社に入りたいと思っていたので、松下電器以外のメーカーではサントリーや資生堂に行きたいと思っていました。結局、最初に内定を出してくれた松下電器に入ったわけですが、もし僕が資生堂に入っていたら島耕作は美容部員を相手に女性遍歴を繰り広げていただろうし、サントリーで働いていたら銀座のママたちとの物語になっていたかもしれません(笑)。
【俣野】なるほど。人生の岐路って、いろんなところにありますが、「あっちの道を選べばよかった。そうすれば俺は今ごろもっといい人生を送れていたのに」と自分の選んだ道を後悔しながら進んでいく人が多いように思うんです。でも先生のお話を聞くと、どちらを選んでも最終的には同じ目的地に着くということですよね。さらに言うと、自分が進化することができれば、ルートはそのままでもゴールのほうがよりよい方向に動いていってくれます。
【弘兼】そう、よく恵まれない境遇にいる人が、「全然チャンスがない」なんて言うでしょう。たとえば家が貧しくて大学に行けなかったとか。でも出てくるやつは、どんなところにいたって出てくるんです。どんなにいい環境に育っても出てこないやつは出てきません。
【俣野】そうですよね。しかも境遇が悪ければ悪いほど、芽が出たときのギャップが大きくて話のネタになる。僕はリストラ候補になったのをきっかけに社内ベンチャーに挑戦したんですが、それはもし失敗したとしても、このときの経験をネタに転職できるだろうと思ったからなんです。この経験がなければ、今ごろ本を出していないですよ(笑)。
【弘兼】なるほど、プラス思考ですね。そういうふうにマイナスの出来事でもプラスとしてとらえるのは、人生ではすごく大事なことだと思います。
【俣野】そういうふうに自分の今いる場所を、ちょっと離れたところから眺めてみるのは大切ですね。僕は社内ベンチャーでそれまで勤めていたメーカーの関連会社をつくったのですが、そこにいると本部が横から見えるわけですよ。そうしたら、ほんとに会社のよいところとダメなところが客観的に見えた。海外旅行に行くと日本のよさを再認識するのと一緒です。
※この記事は書籍『プロフェッショナルサラリーマン 実践Q&A編』からの抜粋です。