急激な変革を避けるために

とはいえ、客室センターにCAが出社しているのはそれなりの理由がありました。例えば、紙で印刷されたDHチケット(CAやパイロットたちが勤務の際に使用する航空チケット)をチーフパーサーが受け取り、同乗するCAに配布するという運用だったため、CAが客室センターを経由せずに飛行機に出社するとなると、紙の書類のやり取りに不具合が生じます。

「だったら紙をなくそう」ということで、CAは各自が支給されているタブレット端末でDHチケットを受領することにしました。これにより、ペーパーレスに向けても動いていきました。まさに、現状をよくするためのカイゼン活動を行っていったのです。

といっても、8000人ものCAが最初からダイレクトシップに賛成していたわけではありません。当然のことながら、出社場所を機内にするという案に不安を抱くCAもいました。チームメンバーが不安を抱えたままで急激に変化を推し進めてしまうと、カイゼン活動そのものが失敗してしまう恐れもあります。

飛行機の機内で飲み物を提供する客室乗務員
写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです

そこで客室センターでは、まず少人数でのトライアルを行うことに決めました。その後、徐々にトライアルの人数を増やしつつアンケートやヒアリングによって現場の声を吸い上げながら、PDCAを回してカイゼンを重ねていきます。

また、ダイレクトシップの導入前にはオンライン説明会も開催。説明会には2600人ものCAが参加したそうです。さらにカイゼン中は6000人がフィードバックやディスカッションに参加するなど、CA全体を巻き込んでのカイゼンが進んでいったのです。

取り組みを定着させる仕組みを構築

このように、今回のカイゼンは高い成果を上げました。この取り組みを定着させるため、客室センターではダイレクトシップを前提とした業務設計を取り入れました。

チャットやチャットボットを導入し、CAたちが客室センターのオフィスにこなくても、スタッフに相談や問い合わせができるような仕組みを構築しました。

川原洋一『ANAのカイゼン』(かんき出版)
川原洋一『ANAのカイゼン』(かんき出版)

このカイゼン事例では、多くのCAが6カ月間にわたってアンケートやディスカッションなどを通じ、活発なコミュニケーションを重ねました。ダイレクトシップにより、CAが客室センターに立ち寄る機会が減少することから、フライト前後の会話や面談をオンラインで気軽にできるようにするなど、さらにさまざまな試みを続けています。そして現在は羽田空港だけでなく、日本全国の空港でもCAのダイレクトシップの運用をしています。

ANAの事例からもわかるように、非製造業であってもトヨタ式「カイゼン」は有効です。ぜひうまく取り入れてみてください。

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