愛子さまを詠んだ信子さまの和歌

三笠宮家は、失礼ながら皇室の中では傍流に過ぎない。しかも、皇族の中で例外的に旧宮家プランに関心が深かったのは、信子妃殿下ではなくその夫の今は亡き寛仁ともひと親王だった。

信子妃殿下と寛仁親王との関係は、残念ながら必ずしも良好だったとは言いにくい。信子妃殿下が宮邸を出て、元は宮内庁長官公邸であった宮内庁分庁舎で暮らし続けておられる事実が、そのことを雄弁に物語っている(分庁舎の老朽化対策やバリアフリー化のための改修工事中は高輪皇族邸に住まわれる)。

しかも、信子妃殿下は敬宮としのみや(愛子内親王)殿下がご成年を迎えられた際には、「ご成年を迎えられた敬宮殿下が、お車で颯爽と大学に通っておられるお姿を窓越しに拝見すると、まぶしく輝いておられるように見える」という趣旨のお歌を歌会始に提出されていた(令和4年[2022年]、お題は「窓」)。