「土木工事」にも莫大な金が費やされた

実際、甲斐・信濃の石高は一説によると60万石程度で、最盛期でも100万石程度だったと言われています。これは、尾張・美濃・伊勢を合わせて150万石程度を手中に収めていた織田信長と比べても少ない数字と言わざるを得ません。

武田信玄といえば、信玄堤が有名です。信玄堤とは、武田信玄が甲府盆地につくった大規模な堤防です。連続した堤防ではなく、複数の堤防を重ね合わせるなど、当時としては斬新な設計でした。この信玄堤をはじめとして、武田信玄は土木工事にとても力を入れていたと言われていますが、なぜ武田信玄が土木工事を推進していたのかというと、やはり、農地が弱いため経済的な困窮を余儀なくされていたからだと思われます。