15~16世紀の欧州で作られたと推定
外観
一見ごく普通の中世写本で、サイズは縦235mm、横162mmと、それほど大きくはない。写本の巻末には、コロフォンといって、いつ、どこで、誰がその写本を書写したのかを筆写した人(写字生)が書くことがあるが、残念ながら本写本にはそうした情報もない。
あるのかもしれないが、読めない。所蔵館の目録では、15世紀末から16世紀の中央ヨーロッパで作られたと推定されている。ただし、古書にはよくあるように後世に再製本されており、元の表紙は残っていない。
仔牛の皮、いわゆる羊皮紙に書かれており、現在102葉ある。「葉」は「よう」と読み、枚と同じ意味であるが、ページ数が付いていない古い本の場合には一般的に「葉」を使う。英語ではフォリオ(folio)という。折りたたまれたページもあるため、204ページより多く、234ページとなる。
仔牛皮なのに「羊」皮紙と呼ぶのは不思議かもしれない。正確にいえば獣皮紙(英語ではanimal skin)となるが、現在の日本では動物の種類にかかわらず羊皮紙と呼ぶのが一般的であり、本書もそれにならっている。
各表ページの右上隅に116まで葉数を示す番号(フォリオ番号)がアラビア数字で付けられているが、102葉しかないことからすると、14葉が失われているらしい。古い本では、綴じがゆるくなったりして一部が抜け落ちてしまうことは珍しくない。
独特な挿絵が意味すること
このフォリオ番号だけははっきりと読むことができるのだが、残念ながら本文とは別の16世紀頃の筆跡であって、本文解読の助けにはならない。
写本学者A・G・ワトソンとR・J・ロバーツは、イギリスの女王お抱えの数学者・錬金術師であった16世紀のジョン・ディーが一時この写本を所有しており、その際にフォリオ番号を付けたと考えた。
元々ページ付けがないのも、タイトルページがないのも、当時の写本としては不思議ではない。どちらもヨーロッパでは印刷術の誕生をきっかけにして広まっていった習慣である。
文字と挿絵
所蔵館であるイエール大学バイネッケ図書館のウェブサイトからは全ページのカラー画像が公開されているので、ぜひご覧いただきたい(註1)。
(註1)Cipher Manuscript. Yale University Library, Digital Collections.
本文は読めないものの、大部分のページには植物や薬草、水浴びをしている小さな裸の女性、十二宮図、薬草の調合用壺のように見える挿絵があることから、錬金術あるいは医学に関する内容だと推測されている(図1)。
緑、茶、黄、青、赤のインクを使った素朴な挿絵からは、実用的な写本だという印象を受ける。挿絵と文字が一体化したレイアウトで、挿絵をよけて文字が書かれたりしているため、挿絵が後世に付け加えられたわけではないと考えられている。