夜の病院にはさまざまな患者が運び込まれてくる。小児外科医の松永正訓さんは、1973年生まれのある一人の看護師に半生を聞いた。その看護師が手術室を経て救急部に配属されたときのエピソードを紹介しよう――。

※本稿は、松永正訓『看護師の正体 医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
※登場人物の名前は仮名です。

近代的な病院の廊下
写真=iStock.com/imaginima
※写真はイメージです

運良く患者が一人も来ない日は超ラッキー

千里たちは二人一組で救急部の夜を過ごした。救急処置室はけっこう広い。医師が診察する机の隣に処置台があり、そこから少し離れた場所に患者が点滴を受けたりして横になることができるベッドが10台くらい並んでいる。ベッドとベッドとの間はカーテンで仕切られていた。

千里は急患が来ないことをひたすら祈った。運良く患者が一人も来ない日は、超ラッキーである。平穏な夜は、患者用ベッドで眠ることも許可されていた。こうなると、いわゆる「寝当直」なので、働かなくてもガッチリ当直手当を受け取ることができる。

だが、新病院は国道に近いため救急隊からするとアクセスがよく、また周囲に工事現場が多かったので、けっこう患者が運ばれて来た。

50代くらいの男性のこめかみに巨大なネジが突き刺さっていた

「千里さん、急患、来るって」

準夜勤の時間帯に入ったばかりでいきなり先輩に言われた。

「どんな患者さんですか?」
「工事現場で酸素ボンベが爆発して、ボンベのネジが吹き飛んで頭に刺さっているらしいの」
「ひっ」

酸素ボンベのネジは直径10センチくらいの大きなものである。それが頭に刺さるって一体……。

「その人、生きているんですか?」
「死んだとは聞いてないから生きているんだと思う。準備しましょう」
「準備って何をすればいいんですか?」
「……そうね。何をすればいいのかしら?」

救急車が病院に着いた。50代くらいの男性のこめかみには確かに巨大なネジが突き刺さっていた。しかし……その男性は歩いて処置室に入ってきた。

脳外科医が痛みや気分などいろいろと質問すると、その患者は普通に受け答えをした。

(こんなことあるの?)

千里は人間って何だろうかと驚いた。

X線を撮影してみると、ネジは頭蓋骨に食い込んでいた。

「じゃあ、これから緊急で手術しましょう」
「先生、お願いします。こいつを抜いてください」

千里は、患者をストレッチャーに乗せて手術室まで運んで行った。翌日、聞いた話では、手術でネジを除去し、骨を外して脳の損傷の有無を確かめたらしい。幸い脳には外傷はなく、今は脳外科病棟に入院しているとのことだ。