頭皮がベリッと剥けたかと思いきや…
救急隊の情報では、意識はあるが動けないとのことだ。千里は(どこが悪いんだろう?)とドキドキした。命に関わるような重い病気や怪我は勘弁してほしい。私もイヤだけど、患者さんだってイヤなはず。
患者をストレッチャーに乗せて、救急隊員が処置室に入ってきた。患者は目をつぶって動かない。ストレッチャーは処置ベッドに横付けされた。
「よし、処置ベッドに移そう」
医師の合図で千里たちは患者の体の下に手を入れた。千里は患者の頭を担当した。
「いち、にの、せーの!」
患者の体をふわっと浮かせると、千里の手の中で頭皮がベリッと剥けた。
「ひっ」
頭部外傷だったのか! 千里は思わず自分の手を見た。血は付いていない。床を見ると、髪の毛の束。よく見ると、髪の毛に固定用のピンが付いていた。
(か、かつら⁉ びっくりさせないでよ!)
千里は心からの叫び声をあげた。結局ただの酔っ払いだった。
手首を切った若い女性は…
患者は夕方から宵の口に来ることが多い。でも、深夜に千里たちが仮眠をとっているときにも電話は鳴った。
「千里さん、千里さん、起きて。患者さんが来る」
「……はあい。どういう人ですか?」
「若い女性なんだけど、手首を切ったらしいの」
それって自殺ということだろうか。
救急車が到着してみると、30代くらいのきれいな女性と、少し年齢が上のご主人が現れた。外科医がさっそく傷を洗浄して、手首の様子を診察した。刃物による傷は6本あったが、いずれも浅く手術になるようなものではない。
消毒して傷を外科用テープで寄せて、女性の手首にはガーゼが巻かれた。点滴から抗生剤を持続注射して、患者は朝まで患者用ベッドで休むことになった。
処置が終わったので、千里たちも患者用ベッドで仮眠の続きをとることにした。目をつぶっていると、少し離れたベッドから男性の声が聞こえてくる。
「ごめんね。シズちゃん。ほんとにごめんね」
「……う、う、う、」
「ごめんよ、本当にごめん。必ず埋め合わせはするから」
「……う、う、う、誕生日、一緒に祝ってくれるって言ったのに」
「ごめんよ~」
(不倫かい!)
千里は憤慨した。
(もー、勘弁して、こんな夜中に! 私、寝る!)