50代の道長に迫ってきた「闇」

光源氏の〈光〉とは、彼の美貌や高貴な血統、権力、富、恋愛力などの輝かしさを讃えたあだ名だった。しかしそんなものはすべて何の役にも立たないと、51歳のこの時、光源氏は思い知らされた。妻・紫上を亡くしたのである。その悲しみに彼は引きこもり、心は救いを求めてのたうちまわる。

『源氏物語』は人の世の普遍を描いた書であり、その意味では〈予言の書〉とも言える。ならば、〈光〉ならぬ〈幸ひ〉の人・藤原道長にも、同じ日は来るのか。彼がこれまでの幸運な人生を全否定するようなことが、やはりその最晩年にはあったのだろうか。

寛仁2(1018)年10月16日、53歳の道長は「望月の和歌」を詠んで、自分と息子を含めた政界の円満を、そして后の席を満たした娘たちの達成を喜んだ。だが実はその時すでに、彼はかなり目が見えなくなっていた。藤原実資が翌日の日記に道長自身の言葉を記している。