その三殿と同じ区画のさらに左側に神嘉殿という、天皇陛下にとって最も大切な祭祀である新嘗祭を行う建物がある。その神嘉殿の前庭が四方拝を行う場所になっている。寒い盛りの行事なのに、殿内ではなく、吹き抜けの簡素な仮屋で行われる。
天皇陛下におかれては準備が始まる頃には起き出され、かかり湯で身を清められて、モーニングコートで御所を出発される。
天皇だけがかぶることができる冠
お車で宮中三殿を含む区画に到着されると、黄櫨染御袍という天皇しかお召しになれない特別な装束に着替えられる。冠も後ろの纓と呼ばれる飾りがピンと真っ直ぐに立った立纓で、これも天皇だけかぶることができる。一般の冠は纓が垂れている垂纓だ。
ちなみに3月3日のひな祭りに飾る内裏びなは、天皇がモデルなので冠が立纓になっている。
定刻の近くになると、お手水の後、仮屋の中に向かい合わせに立てられている二双の屏風の中に入られる。そこには拝座となる厚畳が置かれている。
屏風は天照大神を祀る伊勢神宮の方向に当たる南西の方角だけ開けた形で立てられる。午前5時半から四方拝が始まる。まず伊勢神宮、それから東、南、西、北という順番で、それぞれの方角の神々に対して「両段再拝」という特別な作法で拝礼をされる。
最も丁重な拝礼「起拝」
その作法は身体全体を使う「起拝」という最も丁重で、身体的な負担も大きい拝礼を繰り返す。起拝は、正座の姿勢から笏(古式の装束を身に着ける時に右手に持つ細長い板)を持たれたまま右足から立ち上がり、両足をそろえ、身体の前で笏に両手を添えて姿勢を正し、そのまま笏頭(笏の上側の先端)をいったん目の高さまで上げ、それを下げながら腰を折り、上体を前に傾け左足を摺りつつ後ろに引き、膝を畳につけ、両膝をそろえてそのままうつ伏せられる。そこから再び正座にもどり、同じ拝礼を2回繰り返し、正座にもどった姿勢で頭を深く下げて(深揖)祈りを込められる。その後、さらに2回起拝を繰り返される。前段と後段に、深揖をはさんでそれぞれ再拝(2回の起拝)をされるので、両段再拝と呼ばれる。
一般の神社の神職の作法は、立った姿勢で行う立礼か、座った姿勢で行う座礼で、二礼二拍手一礼が普通だ。それらに比べて、天皇陛下の作法がはるかに恭しく丁重であることが分かる。これは四方拝だけでなく、他の三殿内での祭祀でも同じように行われる。足腰への負担はかなり大きいはずだ。天皇陛下の新年は、このような極寒の中での伊勢神宮および四方の神々への遙拝(離れた場所からの拝礼)から始まる。