医師が美容医療に流れる理由

美容医療が多くの医師を惹きつける理由を挙げてみた。

1:高給

筆頭に挙がるのは何といっても高給だろう。医師専門求人サイトを検索すると、前述の直美医師についても「年収2000万円」を提示する病院が多い。医師=高給のイメージがあるが、それは成功した開業医などに限られる。勤務医の平均年収は1500万円程度と推測され、ふつうの会社員に比べれば高額ではあるが、税金と社会保険料の高さ、各種手当金の所得制限、後述する仕事内容の過酷さを考えると、必ずしも「おいしい仕事」とは言えない、と多くの医師は考えているはずだ。

その意味で、20代の就職初年度から2000万円~という報酬の高さは魅力的だ。ただ、コロナ禍以前は同条件で「年収3000万円」を提示する病院もあったことを考えると、人数増加と反比例して給与水準が下降トレンドであることも窺える。

2:労働条件

次に挙がるのは労働条件だろう。多くの美容外科では当直業務がないことは、「月8回」のような過酷な勤務医生活に疲れた中堅医師には特に魅力的である。

2024年度から始まった「医師の働き方改革」では、「医師の時間外労働は年間960時間以内」に規制されるようになった。医師の労働環境が改善された部分もあるが、実質は逆効果のケースもある。実は、少なくない数の病院が医師の時間外労働を「自己研鑽」と扱って「(書類上の)労働時間(有償)を月80時間以内」しか認めないようになり、「それ以上はタダ働き」という構造になってしまったのだ。

おそらく、弁護士や労働基準監督署に相談すれば、相応の時間外手当金が支給される可能性が高いが、そこに至るまでの手間ヒマや病院幹部と闘うエネルギーを考えると、「最初から当直がなく、働いた分は確実に支払われる美容外科に転職しよう」と考える医師が続出しても不思議ではない。

整形外科手術のための体にマーキングする
写真=iStock.com/ronstik
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3:「専門医シーリング」や「地域枠」からの脱出

前述したように2018年度から新専門医制度が始まり、初期研修を終えた若手医師は19の専攻医コースのいずれかを選択するようになった。同制度は「地方の医師不足」のみならず「診療科の偏在是正」も目的としており、眼科・皮膚科など、「生死に直接は関わらず、対応が比較的ラクで開業しやすい」と若手に人気だった専攻には「シーリング」と称する採用数の上限が定められ、東京都内は特に厳しく削減された。

厚労省は「東京都の眼科専攻医数を制限すれば、不人気の外科や地方に人がまわるだろう」と考えたのだろうが、「東京都の眼科シーリング」に不合格となった若手医師の中には、都市部に留まり、「二重まぶたクリニック」や「予防接種アルバイト」などに流れるケースが目立った。

難関の大学医学部の入試には「一般枠」とは別に、「地域枠」がある。これは主に、地方の医師不足対策として医師免許取得後に規定の期間(6~11年)を地方病院で働くことを出願条件にしている入試制度である。一般入試に比べて偏差値は低めで、奨学金が支給されるケースがほとんどだ。2021年度では(自治医大を除く)医大総定員9234人中1723人(18.7%)が地域枠で入学している。

しかしながら、地域枠の創設期には罰則制度がなかったため、入試面接で郷土愛をアピールして低めの偏差値で医大入学したものの、卒業後に奨学金を一括返済して都会に転職というケースもあった。これが「地域枠の義務放棄」と呼ばれ、厚労省に問題視されるようになった。

対抗策として厚労省は2021年度からは義務放棄した元地域枠医師は、「専門医研修を終えても専門医資格が得られない」と規則を変更した。その結果、都市部の基幹病院への就職が困難になった元地域枠医師の少なくない人数が、都市部の美容外科に流入していると推察されている。