保険証はもう使えないと誤認させる「詐欺的手口」

同書では、消防庁が2022年におこなった救急活動におけるマイナ保険証活用の実証実験を取り上げている。これも詳細は本文をご一読いただきたいが、結論としては、救急車が現場に到着してから出発するまでの時間が、マイナ保険証の“活用”により、従来より6分26秒も長くかかることが実証されてしまったという。この命にかかわる「不便益」を許容できる人はいるだろうか。

その一方で、政府が発信するテレビCMでは「医療がパワーアップ」するかのような宣伝が繰り返されている。しかしじっさい臨床現場に身を置く医師として率直に言わせてもらえば、マイナ保険証導入によって患者さんの診療にもたらされる「便益」は、ほとんどない。

拙著『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』(角川新書)でも触れたが、過去の健診データや薬の情報などは見ることができても、それは「無いより多少マシ」というレベルのものだ。なんなら“お薬手帳”のほうが最新の処方歴がわかるので役に立つ。少なくとも医療がパワーアップすることはない。そうであるにもかかわらず、国民にさも多大な「便益」があるかのごとく宣伝するのは「詐欺的手口」といってもよいだろう。

政府がインチキサプリのCMのような手法をとっていいのか

「詐欺的手口」といえば、冒頭から述べているように、現行の健康保険証の新規発行がおこなわれなくなっても、従来どおり医療機関で保険診療が受けられるのは、紛れもない事実であるにもかかわらず、それをハッキリとテレビCMでアナウンスしない、というのは極めて不誠実である。

例えばこの「今の健康保険証は、今年12月2日 新規発行が終わります。」との文字が大写しになったCMの場合、画面の右下には、目を凝らしても読めない小さな字で「※2024年12月2日時点で有効な健康保険証は、最長1年間使用できます。」との文字はあるものの、マイナンバーカードを持たない人、持っていても保険証として利用登録していない人すべてに申請不要で交付される「資格確認書」についてのアナウンスは一切ない。

これは絶大な効果があるやにうたうインチキサプリメントのCMで、見えないくらいの小さな字で「(効果は)あくまで個人の感想です」と記す「詐欺的手口」とまったく同じだ。