フリーランス翻訳者、人生最大の闘い

「世界同時発売を死守せよ」。スティーブ・ジョブズ初の公認伝記、全世界同時発売までわずか4カ月。追い詰められた売れっ子フリー翻訳者は「時間と質」をどう両立させるのか?

井口耕二『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋 フリーランスが訳し、働き、食うための実務的アイデア』(講談社)
井口耕二『「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋 フリーランスが訳し、働き、食うための実務的アイデア』(講談社)

「スティーブ・ジョブズ」翻訳者の仕事部屋 フリーランスが訳し、働き、食うための実務的アイデア(井口耕二/講談社)は、フリーランス翻訳者が食べていくための「ビジネス書」として、出版翻訳者の仕事を知る「業界お仕事エッセイ」として、英日翻訳のコツを知る「語学ガイド」として、育児のために男性がフリーになるという「発想転換のすすめ」として、楽しみどころ満載――。

という触れ込みではあるのだけれど、要するに「フィギュアスケート全日本選手→東大工学部→4留後一流企業で激務→育児のためにフリーランス翻訳者→現在は東京と八ヶ岳の二拠点で働き、ロードレースにも挑戦」となるような、アクの強い売れっ子翻訳者のフリーランス人生論(と、案の定致し方なく漏れ出す自慢話)ではある。

ではあるのだが、ベストセラー翻訳出版のてんやわんやの舞台裏を通して、異色なフリーランス翻訳者の仕事部屋が見えてくる。仕事と人生での優先順位のつけかた、意思決定のしかた。餅は餅屋で、翻訳や文章のテクニックの話などはやはり白眉だ(しかもそれを統計化して見せたりするのが、この著者らしく過剰で苦笑)。

「訳して、働いて、食っていくためのヒント」とある通り、こういう才能あふれる変人が世捨て人で酒浸りの売れない作家などではなくて、ちゃんと世間にベストセラーを送り出して、家庭生活も子育ても楽しんで趣味にも邁進できて、いい感じに満たされた人生をドヤ顔、もとい、笑顔で送れるのが21世紀だと感じさせられる。社会も、ひとも、稼ぎかたも生きかたも、みーんな変化していくのである。これしかない、こうあらねば、と誤解した正解にしがみつく時代じゃないのである。だってあなたの(私の)その仕事、10年後に存在しているかどうか、もうわからないんだから。

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