その存在がたびたび指摘されながらも、摘発などの形で明るみに出ることは少ない中国の産業スパイ活動。民間で多くの諜報事案を調査した日本カウンターインテリジェンス協会代表の稲村悠氏は、「企業はレピュテーション・リスクを恐れるし、民間の不正調査では中国の関与を特定するのは困難。警察も事件を認知せずに、事件が“事案”で終わってしまうのが現状である」という――。

※本稿は、上田篤盛・稲村悠『カウンターインテリジェンス 防諜論』(育鵬社)の一部を再編集したものです。

黒い背景にスーツを着た男性
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退職予定者が持ち出した「印付き」の人事情報

数年前、筆者(稲村)は先端技術関連企業X社から、退職予定者の日本人Aによる情報持ち出しが疑われるとして調査依頼を受けた。

筆者が、デジタル・フォレンジック(社用パソコンやモバイル、メールサーバのデータ復元・解析)や本人・上司などへのヒアリングを実施したところ、X社の機密情報ではないものの、大量の人事情報が持ち出されていたことが判明した。

Aは、転職先の営業活動で当該情報を使用したかったと話した。だが不可解なことに、人事情報の中には複数の社員にハイライト(=黄色の印)が付けられていた。このハイライトで強調された社員たちは、いずれもX社が保有する重要技術を扱う部門に関係していた。

Aの上司から「Aの深い友人に中国人ビジネスマンBがいる」との情報を得た。そこで調査を進めたところ、SNS上での両者の接点が確認された。

そしてBへの調査を開始したところ、Bは中国において複数の企業の役員を兼任しており、AがBと同じ中国企業W社の役員を兼任していたことが判明した。さらにBの調査を進めると、Bは中国において軍需産業関連の企業に勤めていたことや、地元の中国共産党有力者と深い交友関係があることも判明した。