睡眠薬は眠れるが不眠症自体は治せない

そして睡眠薬にできることは、覚醒と睡眠のバランスを一時的に正すことだけ。まわりの6つの要因には効きません。睡眠薬は対症療法的には効きますが、不眠症そのものを完治させることはできないのです。

だから不眠の本当の要因にまったくアプローチをしないまま睡眠薬だけを飲んでいると、薬をやめた途端、また同じような不眠症が戻ってきます。不眠の本当の要因を突き止めるには時間がかかりますし、突き止めたところで、なかにはいかんともしがたい要因もあります。そこは医師とよく相談し、心理的なものが原因なら心理士による非薬物療法を試すなどして解決を目指すことになります。

ですから、睡眠薬の正しい飲み方というのは実はなかなか難しい。ただし「これだったら医師として安心して見ていられるな」という場合もあって、それは短期の不眠症の場合です。たとえば仕事で一晩徹夜をしたら、うまく眠れなくなってしまった。でも明日はベストの体調で臨みたい。だから今夜だけ睡眠薬を飲むけれど、それ以外のときは飲みません、というような飲み方であれば、それほど心配せずに見ていられます。

「睡眠薬は怖い」というイメージを持っている人は多いかもしれませんが、医師の指導のもとで正しく使えばそれほど無闇に怖がるものでもありません。睡眠薬には大きく分けて「睡眠を増強する薬」と、「覚醒を抑える薬」の2種類があります。今までは前者が主流でしたが、後者のほうが、副作用が少なく安全性が高いという報告があり、最近はそちらがよく処方されます。

少し前のドラマや小説には、登場人物が睡眠薬を大量に飲んで自殺する場面がよくありました。しかし現在は、睡眠薬の大量服薬で自殺することはほとんど不可能になっています。なぜなら、いまの薬は人間の胃袋に入る以上の量を飲まないと死ねないように作られているのです。もちろん、そうでない睡眠薬もまだありますが、一般的に用いられるような薬ではありません。

昔の「睡眠薬=危ない」というイメージは、「睡眠を増強する薬」の副作用が大きかったことからきているのでしょう。具体名をあげると、バルビツール酸(フェノバルビタール)というグループの薬です。これは人を眠らせると同時に呼吸中枢の働きも抑制するので、飲みすぎると死に至ることがありました。そのため、すでに睡眠薬として使われなくなっています。

その後、バルビツール酸に比べれば安全なベンゾジアゼピン系という薬が出ましたが、大量服薬するとやはりまだ呼吸抑制が起こる可能性がありました。そこで非ベンゾジアゼピン系という薬が登場し、一世を風靡したのです。

ただしこの薬は、睡眠を増強させるだけで覚醒を下げてくれない。覚醒が高いまま睡眠を上げると、パラソムニア(睡眠時随伴症)といって本人も知らないうちにおかしな行動をとることがあります。特に高齢者にそれが起こりやすいとわかってきました。

しかも高齢者の場合、寝ぼけて歩くと転んで骨を折りやすい。子どもの骨折と違って治りにくいので、寝たきりになってしまう。そうすると、どんどん全身の機能が低下して、そのままお亡くなりになるようなことも起きかねません。そのため現在はこちらの薬も避けるようになっていて、代わりにオレキシン・ハイポレクチン受容体拮抗薬が処方されるようになっています。

耐性ができるのは事実 長期服用は医師と相談

ほかにも睡眠薬として用いられる薬として抗ヒスタミン薬があります。これは花粉症や乗り物酔いの薬などにも使われる市販薬で、飲んだら眠くなるのは、使ったことのある人であれば体感としてわかるでしょう。最近、花粉症の薬では「昔の薬と比べて眠くなりにくい」ことをアピールするものも出てきていますが、これも用量が多ければ眠くなります。

どんな薬にもいえることですが、副作用のない薬はありません。何回か試してみて、その用量で大丈夫だったら、その人にとっては大丈夫だといえるでしょう。ただしほかの人にもそうだとはいえないので、「これ飲んですごくよかった。君も飲みなよ」と他人に薦めることは絶対にやめてください。医師の指導のもとで定期的に血液検査などを行い、「腎臓も肝臓も、副作用は出ていませんね」と確認しつつ服用するのが一番安全です。

【図表】睡眠薬一覧と作用時間

おそらく多くの人が恐れているのは、「睡眠薬を飲んだら、ずっと飲み続けていなければ眠れなくなってしまう」ということではないでしょうか。つまり、薬に耐性ができてしまう。これは実際によく起こります。

でも、それは人間の体の正しい働きでもあります。薬を飲むというのは、ある受容体に効く成分を外から取り入れるということ。そうやって外から取り入れる量は、人間の本来の作用で出てくる量をはるかに凌駕します。すると体は「これは多すぎる」と判断して、その薬に対応する受容体の量をちょっとずつ減らしていく。これが「耐性ができる」ということです。だから睡眠薬も毎晩飲んでいると受容体の量が減っていくので、効かなくなってきます。

でも薬を飲むのをしばらくやめたら、受容体の量はまた元に戻る。これを「休薬」や「ドラッグホリデー」といいます。適切な休薬の期間をとるためにも、睡眠薬の長期服用には医師の指導が欠かせません。