ソ連に原爆の威力を見せつけるためだった

私は2009年に上梓した『アレン・ダレス 原爆、天皇制、終戦をめぐる暗闘』(講談社)以来、『「スイス諜報網」の日米終戦工作』(2015年、新潮選書)、『歴史問題の正解』(2016年、新潮新書)、『原爆 私たちは何も知らなかった』(2018年、新潮新書)、『一次資料で正す現代史の真実』(2021年、扶桑社新書)などで、一貫して「原爆投下は必要なかった、スイスでの終戦工作によって、日本はアメリカが国体護持を認めることを見越して、降伏条件(ポツダム宣言のこと)を呑んで、戦争を終結させようとしていた」と述べてきた。

つまり、アメリカは、日本を降伏させ戦争を終結させるために原爆を投下する必要はなかった。投下したのは、日本を降伏させ、戦争を終わらせるためではなく、ヤルタ協定を無視し、東ヨーロッパを支配し、東アジアにも進出しようとしているソ連にその威力を見せつけるためだったということだ。

最近になって、日本でもようやく「原爆投下は戦争終結後をにらんでソ連をけん制するためだった」というコメントが見られるようになった。アメリカ側で、ロサンゼルス・タイムズのようなやや保守的メディアさえ、そのように報じ始めたからだ。だが、「原爆投下は不必要で、戦争はそれなしでも終わっていた」とまでいっているのはごく少ない。

映画『オッペンハイマー』でも描かれている

映画『オッペンハイマー』を見た方は記憶しているかもしれないが、映画の中でアメリカの政権の主だった人びとが原爆投下を議論しているとき、陸軍長官のヘンリー・スティムソンが「日本は降伏しようとしている」と言う場面がある。つまり、彼らは日本が降伏しつつあるのに原爆を投下したのだ。

さらに衝撃的なことを言えば、アメリカ政権トップは、日本が降伏しようとしているのを知りながら、原爆を投下したいがため、それをするまで、降伏させなかった。鳥居民が2005年に『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』(草思社)という著書を出したが、これはまさしくこの事実にフォーカスを絞ったものだ。

とはいえ、彼の著書は、アメリカの歴史学者ガー・アルペロヴィッツの『原爆投下決断の内幕』を踏まえたもので、「アメリカは原爆を投下するまで日本を降伏させなかった」という知見は、アルペロヴィッツのものだ。

鳥居は英米の公文書館にある一次資料を使っていなかった。だから、主な知見をアルペロヴィッツの知見に頼りつつ、新味を出すために、当時国務長官代理だったジョセフ・グルーをスイスに送り、スイス公使の加瀬俊一に会見させるというフィクションを織り込んでいる。