ヤミのルートを通じた海外流出が横行

ファウラーの論文が説明したところでは、ラプトレックスの化石はまずモンゴルの発掘者(おそらく盗掘者)によって掘り出されてから、東京在住のアメリカ人のブローカーに転売された。それがさらにアメリカのアリゾナ州ツーソンで開かれた宝石鉱石化石の見本市で「タルボサウルスの幼体の化石」として売られ、化石収集家の眼科医ヘンリー・クリーグステインによって購入されたのだという(なお、ラプトレックスの種小名は、この人物の父親でホロコーストを生き延びたユダヤ人であるローマン・クリーグステインにちなんで命名された)。

やがてクリーグステインは、化石をシカゴ大学のセレーノに見せた。するとセレーノはこれが中国で盗掘されてアメリカに密輸された白亜紀前期の義県層の化石であると判断し、論文を執筆した──。

セレーノは論文の発表直後に『ナショナル・ジオグラフィック』誌の取材に応じて、ラプトレックスの研究が「盗掘された恐竜の化石でも保存・研究できるという模範例になることを願っている」と語っている。結果的には大きな空振りに終わったものの、恐竜にまつわる「陰の話題」を逆手に取った斬新な研究をおこなう意欲を持っていたのだろう。

裏返していえば、中国における化石の盗掘やヤミのルートを通じた海外流出が、当時はそれだけ横行していたという話でもある。やや余談めくが、ゼロ年代までは、中国で盗掘されたとみられる未知の鳥類や羽毛恐竜の化石が日本国内の化石見本市でも平気で売られており、マニアが購入していたという目撃証言もある。

いまなお消えない盗掘ビジネス

2010年代に入り、中国では鳥類や恐竜などの化石の盗掘や密売を防ぐ法律が整備され、それまで見られたような野放図な海外流出はかなり減少した。

現在は中国国内のEC(電子商取引)サイトである『タオバオ』などを検索しても、出所不明の化石が売られている例はほとんどみられない。

ただ、これは盗掘ビジネスが消滅したことを意味しない。海外への転売のほか、中国医学の材料「龍骨」としての需要、中国国内の富裕層によるインテリアや投資目的での購入、さらには最近になり中国でも裾野が広がった中国人恐竜マニアによる私的な収集など、さまざまな理由で恐竜の化石を欲しがる人たちは現在もなおたくさんいるからだ。

いっぽう、恐竜の化石が出る場所は山岳地帯や砂漠など現地の産業が乏しい辺鄙な地域が多く、地元の一部の住民にとっては、刑罰のリスクを承知してでも一攫千金を狙うだけの動機がある。