日本記録を叩き出した『100万ドルの五稜星』

今年公開の『100万ドルの五稜星』を手がけた永岡智佳監督は、今作によって日本の女性映画監督として初めて興行収入100億円を突破することになった。過去に監督した23作目『紺青の拳』(2019年、93.7億円)、24作目『緋色の弾丸』(2021年、76.5億円)を超えて、日本の女性監督の興行収入記録を塗り替えている。

「コナンは人気シリーズだから当然だ」というのは間違いだ。日本のアニメ業界には多くの女性演出家がいるにも関わらず、大きな予算をかけた大作映画の監督には男性監督が選ばれがちである。だからこそ、興行収入の上位記録を永岡監督が独占する形になっているのだ。興行収入100億円を目指し、失敗できないプレッシャーの中で、長年、劇場版『名探偵コナン』シリーズの演出や助監督に関わってきた永岡監督を劇場版に抜擢した制作の判断と、その重圧の中で期待に応えた監督の手腕は高く評価されるべきだろう。

『100万ドルの五稜星』での永岡監督の演出は、例えば大岡紅葉の描き方に輝きを見せている。21作目『から紅の恋歌』(2017年)に初登場した女性キャラクターで、人気カップルの服部平次と遠山和葉の間に割って入る役回りだ。最新作では『から紅』ほどのメインキャラクターではないが、永岡監督の演出によって彼女はむしろ人間的魅力を増している。平次に思いを寄せて和葉を牽制しつつ、あくまで教養高く気ままに生きる自由人である紅葉は、最新作ではある謎を解くための重要なヒントを与えることになる。恋のライバルではあるが、憎まれ役や嫌われ役にせずに魅力と尊厳をもって描くからこそ、それぞれの人物に多くのファンが生まれるのだ。

女性キャラの描写で光る演出

『紺青の拳』での鈴木園子もそうだが、必ずしもメインではない女性キャラクターを魅力的に描く時の繊細さが永岡監督の力量であり、多くの女性ファンを持つ『名探偵コナン』の劇場版に抜擢された大きな理由であるようにも思える。

コロナ禍に公開された『緋色の弾丸』の中で、テレビのニュースにショックを受けて味噌汁をこぼす小五郎を蘭が心配するシーンがある。テレビ放送時、これに対して『名探偵コナン』をよく知らないと思われる視聴者から「娘に父親の世話をさせている」という批判があったが、演出意図はむしろ逆だ。

『緋色の弾丸』のパンフレットで永岡監督は「小五郎がお椀の中身をこぼして、蘭に『すまなかったな』というセリフがあります。蘭がご飯を作るのが当たり前、じゃなくて小五郎も感謝している」と説明している。事実、そのあとのシーンで小五郎は蘭に任せるのではなく、自分のシャツを洗うために洗面所に立つ。90年代に始まった原作の設定を急に変更するわけにはいかないが、その中で小五郎の意識、キャラクターの解釈を少しずつ変えていくというのが永岡監督の演出であり、それは多くのファンにも伝わっているのではないかと思うのだ。

静野孔文監督による17作目『絶海の探偵』(2013年)で、遠山和葉役の宮村優子はバセドウ病と橋本病の2つの難病を患い、口を開くのもままならない状態で収録にのぞんでいたという。事実、映画を見返すと和葉の元気でハイトーンな声が沈み、早口の大阪弁でまくしたてる演技もほとんどできていない。