地震保険は国が「再保険」として引き受けているという意外な事実

意外に知られていないが、地震保険は国に全額再保険として出されている。

保険の基本的な考え方は「大数たいすうの法則」といって、母数を増やしていくと物事の発生頻度は次第に一定の数値に収斂しゅうれんされていくという考えをもとに保険料の基準を決めている。たとえば、自動車の事故率は大阪府が高くて、鳥取県が低い。火災が起こった場合は、北海道の方が東京より延焼の可能性が低いなどということである。

しかし、地震は発生頻度を統計的に計測することが不可能なため「大数の法則」が適用できない。従って、地震保険を引き受けることは、企業経営の面からリスクが大きいため、損害保険会社は導入を見合わせてきた。

ところが、1964年に新潟県沖を震源として新潟県、山形県、秋田県などに大きな被害をもたらした新潟地震(マグニチュード7.5)が発生。時の大蔵大臣・田中角栄(のちの総理大臣、新潟県出身)は「これはいかん」と地震保険の創設に奔走。1966年にできてしまった。

そのままでは日本の損害保険会社は地震保険を売りたがらないので、引き受けた地震保険契約を国が引き取り、リスクをヘッジする方式を採っている。

日本地震再保険という専用の再保険会社がある

もう少し詳しくいえば、損害保険会社が引き受けた地震保険は、いったん、その全額を日本地震再保険(損害保険業界の共同出資で設立された再保険会社)に再保険として出され、プールされる。そして、日本地震再保険で引き受けられた地震保険は、さらに政府が一定割合を引き受けたり、元受損害保険会社が再々保険として引き受けるなどしてリスク分散を図っている。

この日本地震再保険は地震保険専用の再保険会社であるが、これとは別にトーア再保険という再保険専用の保険会社がある。戦前にはもっと多くの再保険会社があったが、戦時中に再編されたり、戦後に元受け保険会社に転じたりして、民間の再保険会社はトーア再保険1社となった。