食事は子ども優先、親は我慢するしかない
ひとり親家庭においては、貧困の問題を避けて通ることはできない。時給が低く不安定なパートタイムの仕事に就いている場合もあれば、池崎さんのように夜勤や残業ができずに収入が低く抑えられている場合もある。仕事から得る収入だけでは足りず、公的な手当がなければ生計を立てることが難しい家庭が多い。
20年以上シングルマザーの女性たちを支援してきたしんぐるまざあず・ふぉーらむ沖縄代表の秋吉晴子氏は、「経済的に厳しいひとり親は、まず真っ先に自分の食事を減らす」と言う。同団体が沖縄のひとり親家庭を対象に物価高騰の影響について調査した結果によれば、実に7割近くの家庭で親が自分の食事の量や回数を減らしたと回答したそうだ。子どもにハンバーガーを食べさせて自分の分を我慢するという池崎さんのお話は、その典型だろう。
子どもにお金を使うために、自分にかかる支出はぎりぎりまで切り詰める。けれども、そうまでしてもなお、自転車すら買ってあげられない。そこに表れるのは、子どもに対する「申し訳なさ」の感情だ。あるいは、離婚したことについて子どもに対して「罪悪感」を持つ場合もある。子どもが親に言わないことがあるように、親が子どもに伝えないこともある。
「うちは無理だよね」という悲しい理解
子どもに何かの「体験」をさせようと思えば、経済的な負担に加えて、送迎などの時間的・体力的な負担も重くのしかかる。比較的安価に通える地域クラブやボランティア主体の活動においては親の付き添いが必須であったり当番制を設けていたりすることも多い。
その負担は、二人の大人が子育てに関与できる状況よりも重く感じられるだろうし、いわゆる自分の「実家」の助けが得られない場合はなおさらだ。困りごとがあっても助けを求めづらい、地域や近所の人たちに苦しみを打ち明けられていない、という場合も多いようだ。貧困に加えて、孤立の問題も深い。
池崎さんの話からは、子どもがやってみたいことを言わ(え)ず、「うちは無理だよね」とあきらめている様子が窺える。泣きながら「サッカーがしたいです」と言う子どもとは、表裏の関係にあると言えるだろう。
こうした状況を生きる子どもたちに「体験」の機会を届けるためには、「やってみたい」という気持ちが明確に表れている場合に、それに対して経済面を含めたサポートをする、というだけでは必ずしも十分ではない。一度ふたをしてしまった「やってみたい」という気持ち自体に寄り添うこと、あるいは「やってみたい」何かを見つけようとする好奇心を育み直すこともまた大切になってくるはずだ。