「読売新聞の報道のせいだと思う」

実は、知事訓示の内容を朝刊で報道したのは、この読売新聞の小振りの囲み記事(オンライン記事を含む)のみだった。NHKも静岡新聞も訓示を取材しながら、この部分はなぜか報じなかった。2日になって地元民放テレビを含む各社が追い駆け、県庁に川勝知事への非難や抗議の電話が殺到する騒ぎになった。

2日夕、囲み取材に応じた川勝氏は、こうした事態を招いた要因を問われ、「読売新聞の報道のせいだと思っている」「切り取られたんだと思う。誤解、曲解も甚だしい」と言い返し、発言は不適切ではないと強弁した。切り取り批判は当たらない。ここまで不遜な態度でいられるのはなぜだろう。

だが、今後の善処策を問われると、川勝氏は態度を一転させ、「6月の議会をもって、この職を辞そうと思う」と唐突に辞意を明らかにしたのだ。

川勝氏はこの直前に立憲民主党の渡辺周元防衛副大臣(衆院比例東海)に電話で「立候補の準備はできますか」と後継を打診していており、それなりの覚悟はあったのだろう。

「リニアが2034年以降の開業になった」

翌3日に県庁で記者会見を開いた川勝氏は辞職の理由を2点挙げる。直接の引き金になった職業差別発言については「第1次産業の人たちの心を傷つけた。申し訳なかった」と謝罪した。だが、「私の心も傷ついている」などとして発言をすぐに撤回せず、2日後に報道陣の求めでようやく撤回した。

もう1点の理由は、さらに不可解で、無責任だった。川勝氏は「リニアの品川─名古屋間の2027年開業が不可能だとJR東海が(3月29日に)正式に認め、2034年以降の開業が実際に議論されるようになった」のが一番大きな理由だと説明したのだ。

リニアL0系改良型950番台、2020年8月29日 笛吹市撮影
リニアL0系改良型(写真=Saruno Hirobano/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

リニア中央新幹線は総事業費9兆円のプロジェクトで、このうち3兆円は国の財政投融資が充てられる。リニア開業が7年遅れることで、JR東海に7000億円の負担を強いるとの試算もあるが、これを自らの成果とし、花道に飾ると言わんばかりではないか。

川勝知事はこの日夕、パペットを推認されるような行動を取る。記者会見を終え、浜松市内のグランドホテル浜松の料亭「聴涛館」に駆け付け、待っていた鈴木修相談役に辞任を直接報告したのである。

スズキ(本社・浜松市)を世界的企業に押し上げた鈴木修氏は、資金と票を与野党問わずに提供することで、国政選挙や地方選の行方を左右する力を持つ。森喜朗元首相、甘利明前幹事長、逢沢一郎衆院議員らと親交があり、永田町に太いパイプがある。その鈴木氏は、川勝氏が2009年に民主党・国民新党・社民党推薦で知事に初当選した時から物心両面で支えるとともに、当選を重ねるに連れ、県政への影響力を強めていた。