診療科を横断して協力する「imNET」

岸和田市民病院の勤務を経て、2015年に近畿大学医学部に戻った林は、2017年12月に「imNET」という免疫関連有害事象対策チームを立ち上げている。「im」とは免疫(Immune)からとった名称である。

imNETを初期から知る医師の1人が、消化器内科部門特命准教授の萩原智である。

「消化器内科もがんを扱いますが、腫瘍内科と全然考え方が違う。消化器内科は内視鏡(手術)も行います。一方、腫瘍内科は抗がん剤がメイン。内科の細かいところは消化器内科の方が知識があるかもしれない。ただ専門領域以外の抗がん剤についてはそこまで知らない」

萩原は1973年に兵庫県の淡路島で生まれた。元々は歯科医になるのが夢だった。ところが高校2年生のとき、親の強い希望で近畿大学医学部に進むことになった。

「田舎なんで医者は先生って敬われていた。親がそういうのに憧れていたんやと思うんです」

卒業後は近畿大学病院の第二内科で研修医となった。その後、岸和田市民病院を経て、近畿大学病院に戻っている。そこで現在の医学部消化器内科部門の教授である工藤正俊と出会った。

近畿大学病院には工藤を頼って日本全国から患者さんが集まっていた。その姿に感銘を受け、工藤と同じ肝臓疾患を専門にすることにしたのだ。

肝臓がんの特徴は、がん治療の第1選択肢となる切除が難しいことだ。

「ほとんどの固形がんは可能ならば外科手術をまず検討します。他のがん、例えば、胃がん、大腸がん、膵臓がんは全摘しても生きていける。肝臓はがんが出来たからといって切除できない。肝機能を温存しながら治療をしなければならないんです。肝臓に関しては、ラジオ波治療やカテーテル治療を含めた内科的な局所、根治治療を選択する場合が多い」

萩原は最初のimNETでの林の気遣いが印象に残っている。1人の発言に、別の参加者が「それちょっと違う、違います」とややきつい調子で口を挟んだ。

「そのとき、林先生がすかさずフォローを入れたんです。このカンファレンス(会議)は間違いを探すのではなく、みんなで考えるためにやっていくのだという意図を感じました。

医療安全などのカンファレンスでは、厳しくやる必要があります。しかし、ここはそうじゃない、全員で協力していく場なんだと出席者の間で意識の共有ができました」

寿命の中でいかに濃密に、元気に生活してもらうか

imNETは月に1回開催。医師、看護師、薬剤師、治験コーディネーターなど20~30人程度が参加しており、設立から7年たった現在も継続している。

免疫チェックポイント阻害剤のような、副作用が読めない薬物投与には、診療科横断のimNETのような組織が重要であると萩原は強く思っている。

「imNETに参加されている先生ならば副作用の管理をある程度分かっておられる。何かあったときはその先生に相談すると話が早い。林先生は風通しのいい組織作り、すぐに相談できる環境作りをされた」

ただし、診療科を超えることは、時に他診療科の領域を侵すことになる。この棲み分けの鍵は「治験」にあると萩原は言う。

治験とは、新薬が国の承認を得るために安全性や有効性を確認するために行う臨床試験のことだ。治験は三段階に分かれており、近畿大学病院で主に行われているのは最終の「第III相試験」である。

「I相、II相(試験)を通って、安全性はある程度担保できている薬になります。患者さんにとっては、治療の選択肢が1つ増えることになる。効果がなかった場合は通常の治療に戻すこともできる」

治験にはある程度の患者数が必要だ。どの科が主導して治験を行っているかによって、受け入れ先がおのずと決まる。

「患者さんにとってメリットの大きい科に紹介することになります」

近畿大学病院がんセンター広報誌『Umeboshi』Vol.1
近畿大学病院がんセンター広報誌『Umeboshi』Vol.1

2023年、林は中川の後を継ぎ、腫瘍内科部門の主任教授となった。幅広い知識、患者さんときちんと向き合う後進の育成は大きな責務である。

がんの治療では「完治」ではなく「寛解」という言葉をしばしば使う。寛解とは、病気の症状が軽減、もしくはほぼ消失した状態を意味する。年齢を重ねるごとに、細胞分裂の際、細胞に傷がつく可能性が高く、がんになりやすい。超高齢化社会でがんとの共生は必須となる。

「人間には絶対寿命があります。その寿命の中でいかに濃密に、元気に生活してもらうか」

がんで亡くなった父親の仇を討っているような感覚になることがありますかと聞くと、あるっちゃありますねと林は微笑んだ。

(写真=奥田真也)
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