『もしドラ』が売れたのは
「夢」が求められたから

最近のビジネス書のトレンドを振り返ると、2006年から08年はノウハウ本がブームになりました。儲け方やスキルの習得といったテクニカルな話が受けたのです。お金自体が目的化していた、といってもよいでしょう。

ところがリーマンショック以降は様相が一変。「お金よりも大切なものがある」という空気が広がり、生きていくための指針が求められるようになりました。ノウハウだけでは進むべき方向は見えませんから。

私はビジネス書のトレンドを次の3つに分類しています。

1つ目は「エンタメ・フィクション」。絶望的な状況に置かれると、人は夢を見たくなるものです。ドラッカーが人気を集めたのは人間が疎外されがちな現実のなか、組織が人間を大切にする重要性を説いているところが支持されたからです。

2つ目は「教養」です。世の中が混迷している不確かな時代には、時の洗礼を受けて生き残ってきたものが好まれます。この典型が『超訳 ニーチェの言葉』であり、坂本龍馬をはじめ歴史物が全般的に売れているのもその流れです。

3つ目は古典のリパッケージ。ためになっても若い人には届かないメッセージが、インターフェースを変えると売れることがあります。その代表例が『もしドラ』で、ライトノベルを読んでいる若い世代に刺さるインターフェースがすごくハマったのだと思います。

このような流れの先に、私が考えているテーマは「自立」です。

現在の日本のように混沌とした環境のなかにいると、人間は秩序を求めるようになる傾向があります。そこで秩序を与え、自立を促してくれる本が売れるようになると見ています。

なかでも有望なのが、みんなが知っているけど実際にはあまり読まれていない『学問のすゝめ』(福沢諭吉)です。その理由は独立自尊の思想と、グローバリゼーションにどう対処すればいいのかを説いていることにあります。自由な精神を厳格な規律のなかで育むという、イギリスのパブリックスクールについて書かれた『自由と規律』(池田潔)も有望です。

大前研一氏と柳井正氏が『この国を出よ』と言っているように、これからは世界に出て行くのが当たり前になります。すると、世界の中で自立して生き抜く力が必要になるわけです。

一方、自立を保つためには「これをやるぞ!」と決めて、それを習慣化して継続することが大切。その意味では『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィーほか)が面白いと思います。

そのほか、私が注目しているテーマとして「サイエンス」があります。成熟社会では文化的なものが花開いていきますが、サイエンスを学んでおかないと適切な表現や判断をするための原理原則がわかりません。

たとえば認知科学者が書いた『誰のためのデザイン?』(ドナルド・A・ノーマン)を読むと、ユーザーの立場に立った良いデザインとはどのようなものかがわかります。SNSが普及し、人々の新しいつながり方が生まれている今なら、『つながり』(ニコラス・A・クリスタキスほか)を読んでネットワークサイエンスを学ぶのもいいでしょう。

ドラッカーの次に読むべき経営書というと、経営戦略論のポーターやマーケティング論のコトラーをイメージされるかもしれませんが、私はちょっと違う気がしています。これからはテクニカルな内容より、思想や哲学的な背景を持った本が求められるのではないでしょうか。

※すべて雑誌掲載当時

ビジネス書評家 土井英司
2004年、エリエス・ブック・コンサルティングを設立。愛読者5万人超のメールマガジン「ビジネスブックマラソン」主宰。著書に『20代で人生の年収は9割決まる』など。
(構成=宮内 健)
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