弟子に落花生をむいてくれる
飲み会を誰よりも楽しみにしているのは師匠だ。自ら近くのスーパーに買い出しに行き、台所でフライパンを振ってつまみをつくり、弟子に落花生をむいてくれる師匠は他にはいないだろう。
弟子たちの酒癖も十人十色である。適度に水を飲みながら酔わないようにするもの、好きな酒をチビチビと楽しむもの、とにかく量を胃に流し込んでアホみたいに酔う者。もちろん私はいちばん後者である。
先日は末弟で十番弟子の正真正銘のスウェーデン人落語家、三遊亭好青年が久々に地元北欧に行ったからとお土産に持ってきたシュナップスという強いお酒を師匠に何杯も飲ませようとしていたが「死んじゃうから」とみんなに止められていた。
師匠の孫と恋バナをするものもいる。あまり芸談はしない。ただただ、バカ話が続く。よくも毎日飽きないものである。
酒席でつぶやいた名言
先日の地方公演後では、主催者との打ち上げが解散したものの、師匠はまだ飲み足りない様子だった。だが、夜11時を過ぎた地方都市の繁華街はどこの店もシャッターが閉まっている。すると、師匠が「部屋飲みしよう」と提案をしてきた。大学生ではない、77歳の“師匠”と呼ばれる人の発言である。
弟子の一人が「どの部屋で集まります?」と尋ねる。師匠は間髪入れずに言う。「私の部屋でいいじゃない」部屋に大勢が集まると部屋は汚れるし、掃除も面倒だ。しかし、師匠は「一番広い部屋だから」と自分の部屋を提供してくれたのだろう。いかに快適に飲み会をするか。それだけを考えている師匠に感動したのは私だけだろうか。
そんな師匠だが、酒の席で、ときどき考えさせられるようなことをさらりと言う。先日のビアホールでの打ち上げ中のこと。酒で気分が良くなった師匠は、ふとつぶやいた。
「居酒屋ってさ、愚痴ばかりじゃない。でも、ビアホールって、なぜかみーんな笑顔なんだよ。不思議だよね」
あたりを見渡すと確かにそうだ。みんなが笑顔で、真っ赤な顔をしてビールで乾杯している。馬鹿騒ぎする若者もいない。私より少し上、そして師匠くらいの年代の方が、みんな楽しそうにジョッキを傾けている。ビアホールは心と懐にゆとりがある時に行くところなのかもな。そう思ったら、突然素敵な場所に思えてきた。
注文を記入する私の字が汚いと笑われたときも、さらっと師匠はこう言った。
「そりゃ達筆は素晴らしいけど、字が汚い方が胸を打つこともあるんだよ。結婚式の新郎の父親のスピーチと同じで、ヘタクソなほど思い出に残るってあるじゃない」
酒に酔った時の師匠の言葉を書き残しておこうと思うのだが、いつも師匠と同じペースで飲んでいると忘れてしまうのだ。