他人の顔よりも、自分の顔を加工したくなってしまう

そのことを検証するために、30人の女子大生に協力してもらい、自分の顔と、他人の顔では、どのくらい加工したときが最も魅力的に見えるのかを比較する実験を行いました。

参加者全員に、無加工からレベル8までの写真を作り、自分の顔のどのレベルの加工が魅力的に見えるかのアンケートを採りました。結果は、少しだけ目を大きくした顔(レベル3、4)が元の顔よりも魅力度評価が上がったのですが、加工の度合いが進むと、徐々に評価は下がり、レベル7、8になると、魅力度は急落しました。数値に起き直すと、加工レベルは4.3ぐらいが最も魅力的と感じることが分かりました。

ところが他人の顔についても同じようにアンケートを採ると、加工レベルは3.5ぐらいが最も魅力的だという結果が出たのです。つまり、自分の顔については強めに加工した方が魅力的と感じるのに、他人の顔には、そこまで強い加工をしないほうが魅力的と感じているのです。

このギャップにも、ドーパミンが関連していることが分かりました。自分の顔を加工したときは、脳の真ん中にある側坐核そくざかくという場所が強く活動することが分かりました。側坐核は先ほどお話しした腹側被蓋野とドーパミンを介してつながっています。

両者をつなぐ神経経路はドーパミン報酬系と呼ばれています。他人の顔が美しくなってもこのドーパミン報酬系は働かないけど、自分の顔が美しくなると強く反応します。この報酬系が、化粧や整形、写真の加工に人間が取り憑かれる秘密を握っているのだと考えられています。

鏡の普及は「自分の顔」のあり方を変化させた

――社会のなかで人間の顔はどのような役割を果たしているのでしょうか

本来、顔というものは、表情や目の動きで、自分のシグナルを相手に伝えるためのインターフェースでしたが、鏡を見たり、自撮り画像を見たりすることで、結果的に現代人の自己意識は過剰に発達していきました。

日本で鏡が庶民の間に普及してきたのは江戸中期以降です。それ以前は自分の顔に対して、いまほどの興味はなかったと考えられます。

自己像を知らなかった時代の顔は、他人と自分との間だけで機能するものでした。ところが鏡が普及したことによって、自己像をより意識するようになってくると、「他人から見た自分」と「自分が感じている自己像」に乖離かいりが生じるようになりました。