大槌—ほんとうはここを出たくないけれど
菊地真央(きくち・まお)さんは普通科1年生。バレーボール部(女子)に所属している。ポジションはセンター。「私が住んでいるのは山のほうなので、震災前、震災後も家は変わっていないです」。父母共に家の近くの老人ホームでケアマネジャーの仕事をしている。「明日で4歳」という妹がひとり。菊地さんは、まだ具体的になりたい職業を決めていない。
「なりたい職業がありすぎて……。震災のときに女性自衛官を初めて見て、かっこいいなあと思って学校の先生に話したら、調べてくれたんですけど、どうも訓練がきつそうだと思って諦めました。中学時代はヘアメイクの仕事がいいなと思って、中学3年の時は通訳になりたいと思って、高校生になって『進路ノート』見たら仕事がありすぎて……」
「進路ノート」とは、高校で学年別に用意されている50ページ程度の副教材だ。LHR(ロング・ホーム・ルーム。他の科目と同じように時間割の枠を1つ使って行われるホーム・ルーム)や総合学習の時間に、生徒が進路を考える手がかりとして使われている。
この取材を通して感じたことのひとつが、同じ高校生でも1年生と3年生では、なりたい仕事のイメージ、その具体性にずいぶんと違いがあるということだ。菊地さんの迷いは1年生としては珍しいことではない。そして高校生の1日1日はめまぐるしく、かつ、濃密に変化する。取材から2カ月経ったころにメールで、その後、なってみたい仕事が出てきたかと訊いてみると、菊地さんはこう返事をくれた。
「知っている先輩が美容関係の仕事をしていたり、本や雑誌を見たりして、最近は美容関係の仕事に興味があります」
「進路ノート」の情報量を多いと感じた菊地さんは、取材時にこう言っていた。
「今年中には決めたいです。学校の先生の話や本だけじゃなくて、その仕事に就いている人に会って話を聞いてみたい」
菊地さんが必要としているのは、職種のカタログではなく、「深さ」と考えればいいのかもしれない。実際にその仕事をしている人間が、目の前で話し、答える「具体的な、自分の仕事の話」。このことばの背景を、この連載の中では繰り返して書くことになる。「TOMODACHI~」には、現地で働く日本人に会い、その人たちの仕事の話を聞くというプログラムがあった。それは、被災地から来た300人の高校生たちに「大人から仕事の話を聞く。大人に仕事の話を質問する」という体験を持たせた。ありていなことばを使えば、視野を広げたと言えるだろう。その意義の大きさを、こちらは取材者として体感した。高校生相手に仕事の話を聞くという取材が成立できたのは、ひとえに彼ら彼女らが、仕事とは何かということに、渇望に近い興味を強く持っていたからだ。
(次回に続く)