環境に適応した結果として文化の多様性が生まれる

これが熱帯という気候のもとで焼畑がおこなわれている理由で、文化の多様性は、それぞれ異なる環境に適応した結果だというわけです。このような例をみると、地理的思考は、人種・民族の優劣で文化を説明しようとしたかつての偏見や差別思想にとって、天敵と言えるものかもしれません。

もちろん、西アジアやヨーロッパでおこなわれている小麦を中心とした農業も、同じように環境に高度に適応した農耕文化です。焼畑や、アジアモンスーン地域でおこなわれる水稲耕作が「雑草とたたかう農業」だとすると、麦農耕は「乾燥とたたかう農業」だと言えます。

このように、環境への適応の仕方の違いによって大きく世界を分けてみると、世界の文化の多様性が、論理的で意味のあるものにみえてきます。農業区分図をみて、ただ小麦地帯とかトウモロコシ地帯とかを暗記する勉強法では、学びの喜びは決して味わうことができません。

地理学が「ブリッジ・サイエンス」と呼ばれる理由

地理学は「ブリッジ・サイエンス」だと言われることがあります。あらゆるものを橋のように結びつけ、関連づける総合的な学問分野ということです。「自然環境と人間の営みを結ぶ」「自然科学と人文・社会科学を結ぶ」というように。実際、よく言われる「理系と文系」といった区分は、地理という科目にはもっとも相性の悪いものかもしれません。

佐藤廉也『大学の先生と学ぶ はじめての地理総合』(KADOKAWA)
佐藤廉也『大学の先生と学ぶ はじめての地理総合』(KADOKAWA)

仕事柄、自然科学も含め、さまざまな分野の研究者と話をしますが、「自分の専門は地理学です」と言うと、「私も学生の頃は地理が大好きでした」と返ってくることも多いです(残念なことですが、年配の方ほどそのように言われることが多いように思います。高校で多くの生徒が地理を履修しない時代が続いたことが原因かもしれません)。地理は知的好奇心の強い人にとって魅力的な科目なのだと思います。

私は学術を安易に実益に結びつけて評価することはあまり好きではないのですが、地理を学ぶことは、他のさまざまな科目にも良い波及効果をもたらすことも知っていただきたいと思います。

例えば、高校でおこなわれる探究学習では、テーマを決めて研究論文を作成するなどの学習がおこなわれていますが、そこで選択されるテーマの多くは地球的課題や身近な地域問題など、地理の学習に深くかかわるものです。大学入試の小論文も同様で、これらは地理的思考を体得した生徒にとっては難なく対処できるものです。

何より、これからの時代を生きていく若い世代に、地球という森を迷わず歩いて行くための地図として、地理的な思考を身につけて欲しいと思っています。

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