自宅を売っても住み続けられるリースバックの罠

英雄さんは、母親の言葉に愕然としました。家を売った? 頭にわぁ~っと血が上るのが分かりました。言葉の意味が理解できず、困った顔をして英雄さんを止めようとする母親の手を振り切って、リビングにいる父親に向かいます。

「母さんから聞いたぞ。家、売却したって、どういうことだよ?」
「お前には関係ない!」
「関係ないことないだろう? 家族なんだぞ。売却したって何でもいいけど、相談くらいしてくれたっていいじゃないか」
「……」
「俺たち家族だろう?」

英雄さんの言葉に、父親も観念したようです。

「テレビで宣伝してたんだよ。誰にも知られずに、家を売却しても住み続けられるって」

最近いたるところで目にする「リースバック」というものでした。

これは不動産を売却して、名義は買主に変更の登記をして、もともとの持ち主はそのまま買主と賃貸借契約を締結して、賃料を払って住み続けるというものです。

ただ一般的に、買った者は売却したり自分で使ったりができないため、売買代金は通常より安め、家賃を払ってもらえなくなるリスクもあるので、賃料は高めに設定されます。

家の鍵
写真=iStock.com/Rawpixel
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毎月19万円の家賃を支払い続け、いずれは住む場所を失う

「いったいいくらで売却したの……」

父親が口にした売買代金は、素人の英雄さんでも相場よりかなり低いと感じる金額です。すぐにネットで調べると、近隣の売り物件より、ざっと3割は安いようでした。

「今は毎月賃料払っているんだろ? いくら払ってるんだ?」

英雄さんは15万円くらい払っているのかな、と予想していると、それのまだ上をいく19万円だと言います。相場からいえば、高くても12万円もしないはずです。

毎月19万円払えば、1年で230万円ほどの出費です。安価で売却したので、あと10年もしないうちに売却代金の方も大半はなくなってしまいます。

72歳と69歳の夫婦なので、平均寿命どころかそれより早い段階で住む場所をなくす計算になります。

いつもは強気な父親が、英雄さんに詰め寄られて、ずっと下を向いたままです。これは責めてはいけない……、きっと相談できなくて、困っていたんだ、そう思いました。