50代は「定年後の人生への助走期間」

わたしは「50代は定年後の人生への助走期間」だと思っています。

60歳や65歳にゴールがあるのでなく、そこから先の20年間をいかに楽しく、やりたいことをやり尽くして過ごせるか、そのための準備期間が残りの10年だと考えてください。

助走ですから、頑張って走る必要はありません。身体の半分はまだ会社に置いたままですから、あくまで気楽な準備です。

会社なんて退職金を払ってしまえば社員のそれからの人生には何の関心もありませんから、定年後の20年は自分で作っていくしかありません。

けれども残りの10年に力を使い果たしてしまうと、定年を迎えたときにはもう余力がなくなっています。「しばらくのんびり暮らそう」としか考えなくなります。

公園で犬の散歩をする老夫婦
写真=iStock.com/mykeyruna
※写真はイメージです

すると、半年や1年はあっという間に過ぎてしまいます。家の中でうろうろして過ごす。近所をぶらぶら散歩する。それぐらいしかやることがありません。身体は休まるかもしれませんが、気持ちが沈んできます。体力だってどんどん落ちてきます。そして、脳の老化が加速してしまいます。

現役時代は「自分の時間が欲しい」とあんなに願っていたのに、その時間を持て余す……。すると、たちまち70歳です。

「もうこんな歳か⁉」と気がついても、意欲も好奇心も失われていますからいまさら何かを始めようとか、好きなことや新しい世界に踏み出してみようという気持ちにはなれません。

退職後の5年、10年があれば何でもできる

こうなるともう、頭に浮かんでくるのは「病気にならないこと」と「つつましく暮らすこと」だけです。つまり、会社人生のゴールが人生そのもののゴールということになります。

こんなバカバカしいことはありません。我慢を強いられた30年の会社人生、「もっと違う生き方ができたかもしれない」と思いながらもしがみつくしかなかった目の前の仕事。そのすべてから解放されて、やっと待ち望んだ自由が手に入ったというのに、何の意欲も生まれてこないのです。

10年、いや5年の時間があれば、いまできないどんなことでも形になります。新しく何かを始めたとしても5年続ければ一定のレベルに届きます。

たとえば、カメラが好きで会社勤めのころに「時間があったらあちこち旅行して写真を撮りたいな」と願っていた人が、愛用のカメラを手に日本中を車で旅行し、気に入った写真を撮りまくってフェイスブックやインスタにアップするぐらいのことは簡単にできます。

フォロワーが増えて仲間ができれば写真展を開くことだってできます。とにかく、5年でも10年でも、やりたかったことを自分が楽しみながら続ければ新しい世界が開けてくるのです。

定年後の20年を、会社人生が終わった後の長い休息時間と受け止めずに、むしろいままでやりたくてもできなかったこと、我慢していたことを存分に楽しむための幸福な時間と受け止める気持ちをまず取り戻してください。