ルー大柴の「ルー語」に注目して実験を行う

【鈴木】ところが、この実験だけでは十分ではなかったんです。ルールを破ると意味が通じないからといっても、それだけで文法の存在を証明したことにはならないだろうと僕が考えを改めたからです。そこで翌年、新たな実験を計画しました。

文法には「はじめて聞く文章でも、文法のルールを守っていれば理解できる」という特徴があります。その特徴をよく理解しているのが、タレントのルー大柴さんです。2000年代に彼の作るルー語が流行ったじゃないですか。「寝耳にウォーター」みたいに、日本語と英語がごちゃ混ぜになっている文章です。

こんな言葉を作る人はまずいないから、ほとんどの人にとってははじめて聞く文章なのに、聞けば意味がわかります。「寝耳に水」だな、って。それはつまり、日本語と外国語が混じっていても、文法的には正しいからです。

【山極】興味深い。

【鈴木】僕はその実験で、複数の動物種からなる群れ社会である「混群」に着目しました。僕がフィールドワークをしている軽井沢だと、冬になるとシジュウカラはコガラっていう別の種類の鳥と一緒に群れをなし、生活するんです。

【山極】混群ね。霊長類でも見られる現象です。

長野県軽井沢町の浅間山の冬景色
写真=iStock.com/wataru aoki
※写真はイメージです

同じ鳥でも、種が別だと「言葉」が違う

【鈴木】同じ鳥でも、種が別だと、「言葉」が違うんですよ。シジュウカラ語だと「集まれ」は「ヂヂヂヂ」ですが、コガラ語だと「ディーディー」になります。面白いのは、こんなに音が違っていても、シジュウカラはコガラ語を理解できることです。コガラが「ディーディー」と鳴くと、シジュウカラも集まってくる。

そこで、ルー大柴さんです。日本人がルー語を理解できるのは文法のおかげですよね。ならば、シジュウカラが鳥の世界のルー語を理解できれば、やっぱり文法があるということになるわけです。

【山極】なるほど。しかし、どうやったんですか?

【鈴木】録音した鳴き声を編集し、「集まれ」だけをコガラ語の「ディーディー」に置き換えたんです。つまり、「ピーツピ・ディーディー」です。これは、シジュウカラ語とコガラ語の混合文。いわば鳥のルー語です。それをシジュウカラに聞かせてみたところ、ちゃんと通じたんです。56羽に対して試しましたが、ほとんどの個体があたりを警戒しながら音源に近づいてきました。

ところが、文法的に間違っている鳴き声、つまり「ディーディー・ピーツピ」を聞かせても、ほとんどのシジュウカラは無反応。この実験から、シジュウカラも人間のように、文法を頼りにコミュニケーションをとっていることがわかりました。