年内にも上場廃止になる見通し
9月21日、東芝は、“日本産業パートナーズ(JIP)”など国内の企業連合による株式公開買い付け(TOB)が成立したと発表した。株主のTOBに対する応募比率は78.65%、成立に必要な66.7%を上回った。今後、必要な手続きを経て、年内にも東芝は上場廃止になる見通しだ。東芝の経営再建に向けた取り組みは一歩前進したといえる。
ただ、重要なポイントは、なぜ、わが国を代表する優良企業だった東芝が、上場廃止に追い込まれることになったかだ。その原因を一言でいえば、経営の失敗といえるかもしれない。一時期、同社の経営者は短期間の過度な利益追求や、不正経理の発生を防ぐことができなかった。世界的に高い技術力を持つ企業であったとしても、経営が失敗すると企業の存続は難しくなる。
上場廃止によって東芝は、“モノ言う株主”など一部の利害関係者の影響を受けづらくなる。JIPを中心とする企業連合の支援もあり、東芝の経営再建は加速するだろう。やりようによっては東芝が思い切った施策を打ち、わが国の産業界、経済にプラスの影響が波及する展開も想定される。先行きは楽観できないが、東芝経営陣がJIPとともに出資者の利害を調整し、早期再建を実現することを期待したい。
経営難からどうやって大企業に成長したのか
かつて、東芝はわが国を代表する、人々の生活に欠かせない企業だった。1939年、芝浦製作所と東京電気の合併によって東京芝浦電気株式会社が設立された。米国のアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)の出資、技術供与を取り付けることによって事業は拡大した。特に、社外から招いた2人の経営者の功績は大きかった。
第2次世界大戦後の一時期、東芝は経営危機に直面した。戦後直後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ・SCAP)は労働組合の育成を支援した。東芝でも労使の対立は激化した。戦後の経済が混乱する中での賃上げなどは業績悪化につながり、東芝は経営危機に直面した。
その状況下、東芝は社外からトップを招いた。1949年4月に東芝の社長に就任した石坂泰三氏は、就任早々、自ら労働組合側と向き合い、難題の人員整理を実行した。東芝は倒産の危機を脱した。