理屈ではないから理屈が大切になる!

先ほど戦略の本質は「違いをつくって、つなげる」ことだと述べた。このうち、どちらが戦略の真髄かというと、それは違いをつなげていく「シンセシス(綜合)」にある。違いの一つひとつは静止画にすぎない。「こうすると、こうなる。そうなれば、これが可能になっていく」という時間展開を含んだ因果論理でつなげていくことで、はじめて動画のような戦略ストーリーを語ることができる。

そのことはビジネスモデルと比較することでより明確になる。図の左側にあるのがアマゾンのビジネスモデルで、右側が創業者であるジェフ・ベゾス氏が事業を構想しているときに、レストランの紙ナプキンに描いたとされる戦略のストーリーである。ビジネスモデルは、自社、顧客、サプライヤーなどの空間的な配置形態を示しているにすぎない。

アマゾンのビジネスモデルと戦略ストーリ- 出所:楠木 建著『ストーリーとしての競争戦略』

それに対して戦略ストーリーでは、「アマゾンならではのユニークな購買体験を提供すれば、トラフィックが増大する。多くの人が訪れるサイトになれば、出版社などの売り手を引きつけ、セレクションが充実する。すると顧客の経験をさらに充実させ、トラフィックが上がっていく……」という時間展開を含んだ好循環の因果論理が一目瞭然になっている。

ことほどさように戦略ストーリーでは「つながり」「因果論理」を重視するのだが、こういう話をすると経営者の方々から、「楠木先生、理屈で経営はできないよ」とよく反論される。しかし、そうはいうものの、優れた経営者に限って理屈っぽく、論理的なものだ。

確かにビジネスの成功を後から論理化しようとしても、理屈で説明できることはせいぜい全体の2割である。伊藤忠商事元社長の丹羽宇一郎氏は「経営は論理と気合だ」という。理屈では説明できない8割の部分が、丹羽氏のいう気合に相当する。

しかし、その2割の理屈を突き詰めて考えている人ほど、何が理屈ではないのか、「野性の勘」ともいうべき事柄の意味を深いレベルで理解している。だからますます気合が入って、野性の勘も研ぎ澄まされ、優れた戦略を編み出していけるようになる。まさしく「理屈ではないから、理屈が大切」なのだ。

戦略を立てる際の千古不易の「骨法」の一つに、サッカーでいえば最初のパスに当たる「コンセプト」と、最終目標のゴールに向けたシュートの軸足ともいうべき「競争優位」の2つを、しっかりイメージすることから始める――というのがある。「起承転結」でいう「起」と「結」を明確にするのだ。

競争優位についてはわりと単純な話で、3つの選択肢しかない。(1)顧客が対価を支払いたいと思う水準を上げるか、(2)コストを下げるか、(3)ニッチに特化していくなどして無競争状態をつくりだすか――である。ただし、この競争優位はこちらが儲ける内側の理屈にすぎない。

なぜ儲かるかというと、顧客に何らかの価値を提供するから。その本質的な顧客価値の定義を意味しているものがコンセプトである。「本当のところ、誰に何を売っているのか」という問いに答えることといってもいい。そうした外側の理屈であるコンセプトと、内側の理屈である競争優位が揃ってはじめて、ゴールネットを揺らすシュートを放てる。

そんな優れたコンセプトの代表格が、スターバックスの実質的な生みの親であるハワード・シュルツ氏が考え出した「第三の場所」である。顧客に売っているものは、コーヒーではなくて第三の場所だという。ここでいう第三の場所とは、職場でも家庭でもないという意味だ。

シュルツ氏が同社のCEOに就任した1987年当時のアメリカは、ハイテンション社会になっていた。そうしたなかでシュルツ氏は、周囲のプレッシャーから解き放たれるために、職場でも家庭でもない場所を欲する人が増えていることに気づく。そして、寛いだ雰囲気のなかでテンションを下げる場所を売ることが、コンセプトになったのだ。

そうした場所なら、少しコーヒー代が高くても多くの人が来てくれる。また、街角にある店で日常的な経験を売るので、習慣的に来店してくれる。つまり「第三の場所」というコンセプトを起点にして、顧客が対価を支払いたいと思う水準を上げて競争優位を確保し、長期的で安定した利益を得ていく戦略ストーリーを描いたわけである。