幸一が幹部たちに語った思い
東京に定期的に出張して半沢商店からコルセットを仕入れる“東京飛脚”は続けている。相変わらずこれは売れたが、彼は抜け目なく次の一手を探っていた。
「また“偵察”に行ってくるわ」
いつからか彼は“東京飛脚”をこう表現するようになっていた。
半沢商店からコルセットを仕入れながらも、彼らがパーツをどこに作らせているかといった情報収集を行っていたのである。時には半沢商店の店内の伝票を盗み見ることさえした。
「いつまでも半沢はんの風下についているわけにはいかん。これからは半沢はんに代わって、うちが直接、百貨店にも納入していきたいんや!」
幹部たちには自分の思いを正直に語った。
最初のターゲットは「地の利」のある京都
(なんと豪胆な。しかし、社長はすでに商売の世界を戦場と心得ているのだ。弾は飛ばずとも、命をとるかとられるか。“偵察”という軍隊用語を使ったのも、そうした気持ちの表れだろう)
彼らは今更のように、幸一の強い覚悟を知ったのである。
半沢商店を仲介しない百貨店への直接納入先として、最初に狙いを定めたのは、四条河原町にある高島屋京都店だった。東京に本拠を持つ半沢商店の目が届きにくく地の利のある京都から攻略していこうと考えたのだ。
戦災でも焼け残った堂々たる構えの難波の高島屋大阪店(実質的な本店)とは違い、京都店は“マーケットセンター”という名の鉄筋3階建て地下1階のこじんまりとした店舗だ。それでも百貨店としての格式は十分ある。
たまたま遠縁にあたる岡田和子がここで働いており、店内の様子を教えてくれたが、まだ女性下着を置く様子はないという。売れ筋商品として認識していない証拠だった。