「野良猫に迷惑している」という声には、どう応じるべきなのか。獣医師の齊藤朋子さん(通称モコ先生)は「猫の殺処分ゼロ」という目標に向かい、格安で野良猫の不妊去勢手術をうけ負っている。その様子を取材した笹井恵里子さんの著書『野良猫たちの命をつなぐ 獣医モコ先生の決意』(金の星社)より、一部をお届けする――。(第1回/全3回)

※本稿は、小学校高学年向けの児童書からの抜粋記事のため、漢字表記などが一般書とは異なります。

マンションの一室が「病院」になっている

筆者撮影
茨城さくらねこクリニック内。壁沿いにほかく器が積まれていきます。

野良猫の手術は、マンションの一室で行っています。

長谷川さんが部屋のドアを開けてくれました。黒ぶちのメガネをかけた長谷川さんはふだん口数が少ないのですが、猫のことになると熱く語り出します。今日はかみを二つに結び、ピンク色のエプロンを身につけて保育士さんのようです。

室内は猫の鳴き声の大合唱。

にゃーおー。にゃーにゃにゃー。

ここは1階がキッチン付きの10畳程度の一部屋、2階は荷物置きとして二部屋を備える、メゾネットタイプのマンションです。野良猫の手術を行うためだけの場所なので、病院としての看板は出さず、待合室などもありません。でもちゃんと茨城県の家畜保健衛生所に開設届を提出し、茨城さくらねこクリニックという動物病院として正式に認められているのです。

車の後部座席に、大量のほかく器を積み込む

1階室内のすみに、ボランティアさんが運んでくるほかく器がどんどん積み上げられていきます。ひとつのほかく器は長さ60センチ、はばと高さが30センチくらいの縦長の形で、ここに猫が入っています。大きな猫だと1匹入ればきゅうくつそう。地域のボランティアさんがこのほかく器のおくのほうにえさを入れて、えさにつられた猫が中の板をふむとパタンと入り口が閉まるワナをしかけ、野良猫をつかまえているのです。

「お願いします!」

玄関で大きな声がしました。いつも自宅周辺で猫をつかまえて石岡市まで運んでくれる目黒嵩さんです。70代とは思えないほどピンとのびた背筋、しっかりした足取り。目黒さんは市外から車で高速道路を30分程度走って来てくれます。今日も車の後部座席や助手席に猫のほかく器が大量に積まれていました。

「まだまだモコ先生に手術をお願いできていない猫がウロついているんだよなぁ……」

目黒さんが猫が入ったほかく器を手わたしながら、つぶやきます。それを横で聞いていた長谷川さんは、ほかく器を受け取りながら厳しく言いました。

「もう一年もやっているのに、ね。つかまえ方がヘタなのよ」
「でもつかまえる人同士でも温度差があってなあ……。熱心でない人は正しいやり方の説明をちゃんと聞いてくれないし……」

ため息をつき、かたを落とします。野良猫は一人でつかまえているのではなく、複数の人で協力してつかまえているのです。