父が激怒した無免許トラック事件

ひとりずつ見ていこう。まずは長兄の謙さん。

「ちょうど学生運動が盛んな頃で、謙はエセインテリ美大生を気取っていました。普段は祖母の家にいたけど、よくうちにも来てましたね。あるとき、ヘルメットとゲバ棒が部屋から出てきて、母は驚いていましたけど、学生運動やるほど根性はないんですよ。ファッション感覚でやっただけ。

ヒッピーが流行ればヒッピーになるし、付き合っている人が絵描きだと油絵の道具を急に買い揃えたりして。『謙ちゃん、新宿西口でフーテンやってたわよ』なんて言われたこともありましたね。そしてすぐ飽きる」

父が長兄を信用しなくなったのは、おそらく無免許トラック事件から。父の会社の2トントラックを勝手に持ち出して無免許で運転し、ぶつけて電柱をなぎ倒したという。

「警察に呼び出されて、兄は足に包帯を巻いて、ちょっと引きずって帰ってきたんですよね。父は『馬鹿野郎ッ! お前が死ねばよかったんだ!』と怒鳴ってました。保険も出ないし、おそらく数百万かけて弁償したんだと思います」

謙さんは謙さんで、とにかく父に反発していた。幼少期に実の母を亡くした経験が尾を引いていたのかもしれない。すぐに再婚して、仕事中心の生活を送る父に対して、「母を殺したのは父だ」とひねくれて心を閉じてしまった、と美華さんは分析する。

「父に対して、『あんなふうになりたくない』とか『経費で遊んでいる』『人を使って搾取している!』とか言ってましたね。あの世代は、変に左寄りになったりするから面倒臭い。3人の中では一番インテリなんですけどね、一応。中身がないくせに理屈っぽいことをこねくり回して、論破されるとブチ切れる。

そのわりに、自分のことを善人だと思っていて、『俺ほど金にきれいな人間、いないよ』と平気で言えちゃう図太さ。まあ、顔が男前で優しい感じがするから、一瞬人を惹きつけるソフトさがあることは確かですけど。結局、25歳過ぎてもろくな仕事につけず、父の会社に入るわけです。『親の会社なんか入んねえよ』と啖呵切っていたくせに」

勝手に実家を担保に入れて8000万円ゲット

ちょうど父が大病を患い始めた頃で、息子の行く末を案じたのか、お飾りでいいからということで入社させた。父の右腕たちも社長の子息として迎え入れてくれることに。

謙さんが結婚したとき、父はお祝いとして、郊外の高級デザイナーズマンションの多額の頭金を払ってあげたそう。残りの少額のローンは自分たちで払うように、と。

息子がひとり生まれたが、4歳のときに離婚。原因は謙さんの浮気だった(しかも妻の親友に手を出していた)。女癖の悪さはきょうだいの中でもダントツ。さらに強欲でもあった。

「父は遺言で自宅の名義から謙だけを外しました。『あいつに土地を渡すな。あいつを入れると一番面倒臭い』。家は母と私と、次兄・三兄の名義です。その代わり、謙は一番株をもらってるんですよね。

ところが、その後で、自分の名義が入っていないにもかかわらず、なんと実家を担保に借金したんですよ。会社で必要な金だと言って、名義人のひとりである母にはんこを押させて8000万くらい借金を作っていたんですよ!」

判をつく女性の手元
写真=iStock.com/RichLegg
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