日本人の給料はなぜ上がらないのか。1980年代に日本で初めて事業再生専門家という職業を立ち上げ、現在、ミスミグループ本社名誉会長の三枝匡さんは「多くの日本企業は思い切った改革を断行できるような強い経営者人材を社内で育ててこなかった。また、そういう人がいたとしても、思い切って抜擢するような人事革新ができなかった。古い体質の日本企業は、組織に対する古い壁を一旦壊して創り直さないと、復活への道はない」という――。(構成=フリーライター・久保田正志)
三枝匡さん
撮影=西田香織
三枝匡さん

会社が元気にならないと給料があがることはない

――なぜ日本人の給料は上がらずにズルズルと時だけが過ぎてしまっているのでしょうか? その構造的な要因には何があるのでしょうか?

【三枝】1990年代のバブル崩壊以降、日本経済は基本的に不振が続いています。それは外的な理由によるものではなく、日本企業が自ら革新することに後れを取った結果です。

世界第2位の経済大国にまで成長した日本は今、一人当たりGDPで世界20位前後の韓国と同じところまで落ちています。それでも日本は強さ復活への出口を見つけられていません。加えて、多くの日本人は低迷することにすっかり慣れてしまっています。

「なぜ日本人の給料が上がらないのか」という疑問への答えは明白です。

報酬とは引き受けたリスクに対応するものです。日本企業が世界的に見て高成長を狙う積極経営を狙わずに守りの経営をしている限り、元気にあふれ、成長し、従業員に高い給料を支払える会社がたくさんでてくる国にはなれません。

不振にあえぐ会社は「もつれた毛玉」のようなもの

――守りの経営の企業が増えてしまったのは、なぜでしょうか?

【三枝】会社は成長しないと、組織は腐っていきます。競合より鼻の差でも前に出る経営をしていかなければ相対的に腐り始めてしまうのです。

会社が悪くなる時、最初のうちは悪化の原因がはっきりとわかります。しかし、それを早いうちに直さないでずるずると惰性で事業を続けていくうちに、ひとつの問題が次の問題を生み、原因と結果が複雑に絡まっていく。長期にわたり不振に陥ってきた会社は、例えて言えばぐしゃぐしゃにもつれた毛玉のようなものです。

毛糸
写真=iStock.com/vaitekune
※写真はイメージです

そこまでいってしまうと、何をすれば会社が良くなるのか、ぱっと見てもわかりません。

社員も不振な状態に慣れてしまって、「こんなものだ」と感じるようになっている。自分に与えられた仕事だけをこなし、会社の不振は「他の部署が悪い」「経営トップが悪い」と考えて済ませてしまうのです。そんな会社で社員が危機感を持てないのは自然ではないでしょうか。

事業不振の原因に、自分個人がどう関わっているのか、個人的な因果関係が見えない限り痛みを覚えることは難しい。ゆえに、「自分もまずかった」と思ってもらえるように、因果の糸を紐解いていかなければなりません。これはたいへんな作業ですが、改革では最初にやらなければならないことなのです。

しかし、バブル崩壊後の日本は、そのような不振原因にドラスチックに切り込んでいって会社を活性化するという努力を先延ばしにした企業が多かったため、世界競争の中で、日本は元気を失ってしまったのだと思います。