『孫子』におけるゴマすりの用途

「正を以て合し、奇を以て勝つ」とは、高名な兵法書『孫子』の一節だ。正攻法で敵と相対し、奇策を使って勝つ。ある解説書の例えを借りると、野球は打撃という正攻法だけで勝てなくもないが、盗塁という奇策を絡めれば効果絶大。盗塁を卑怯だからと言って使わないのは見当違いだ。ただ、盗塁だけでは勝てない――。

一般通念でいえば、ゴマすりは奇策である。もともと地力のある人が使えば鬼に金棒だが、地力のない人が使ってもご利益は薄い。当落線上にある人が使って初めて生きる。

たかがゴマすりに兵法まで持ち出すのには理由がある。コンサルタントの今野誠一氏が語る。

「人事部の評価項目と上司の閻魔帳とでは、まず感覚が合わない。多くの上司は、自分で付けた部下の格付けに合うように評点を配分し、埋めていく。それが現実だ」

人事と現場の“二重基準”は深刻だ。自分では選べない上司という存在に人生を左右される最悪の事態を想定すれば、哀愁漂うゴマすりも重要な生き残り戦術となる。

効果的なゴマすりに必要なのはまず、上司を知ることだ。

「部下から見た上司は、自分とは別種の人間。しかし、実は部下以上に不安を抱え、くたびれ果て、誰かに助けてほしいと思っている」(今野氏)

その苦渋は、なってみて初めてわかるもの。そんな上司が愛でるのは、困っている自分を何とかしてくれる、安心させてくれる部下だ……という今野氏の指摘には盲点を突かれる思いだ。

では、具体策に移ろう。

今野氏はまず、「会議では進んで議事録を取れ」という。

「会議大好きと思われがちな上司にとって、最後に自分が結論を出さねばならない会議は、実は面倒くさいもの。そこで『ハイ! 議事録やります』と挙手する部下は、私が上司なら間違いなくポイントアップ。『うーん、こいつはいい』とツボにはまる」

結論の出ない会議の最後のほうで、初めて「こうやって決めればいいのでは?」と発言する部下も好印象である。ただし、「議論をリードし続けるのはやりすぎ」(今野氏)だから注意が必要だ。

次に、電話というツールの効能に触れよう。いつも不安を抱える上司にとって、“繋がっていること”は重要だ。

「例えば営業課長が、おのおの90%、60%の達成率を見込める2人の部下を持つとする。滅多に連絡をよこさない90%よりも、外から頻繁に『A社の総務課長が“今度、上に上げる”って言ってました』などと電話を入れる60%のほうが“安心させてくれる”部下。この積み重ねが評価に繋がる」(今野氏)