ウクライナでは2014年に首都キーウで大規模デモが起き、親ロシアの大統領が追放された。そのデモが行われた独立広場の地下はショッピングモールになっている。モールとはどんな場所なのか。日本橋高島屋の企画展「モールの想像力」を監修した大山顕さんの寄稿をお届けしよう――。

キーウから北に100kmほどの「チョルノービリ原発」

ウクライナに行ったことがある。ロシアが侵攻する前、2016年のこと。あのときは、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。目的はチョルノービリ原発を見るためだった。

建造物を専門に撮る写真家であるぼくにとって、1986年に事故を起こし、今なおその後始末が続けられているチョルノービリ原発4号機はどうしても見ておかなければならないものだった。それが、2016年の年末を最後に二度と見られなくなるというではないか。「新石棺」と呼ばれる、高さ100メートル超の巨大ドーム型シェルターに覆われてしまうのだ。

あわてて訪れたのが同年の秋。キーウから北に100kmほど。滞在中はずっと雨。バスを降りて、煙った視界の先にぬっとあらわれたその威容にしばし言葉を失い、カメラを構え、ぬぐってもぬぐってもレンズに落ち貼り付く雨粒に悩まされながら、夢中で撮った。

「新石棺」に覆われる前のチョルノービリ原発4号機(2016年撮影)
撮影=大山顕
「新石棺」に覆われる前のチョルノービリ原発4号機(2016年撮影)

多くの土木構造物を見て撮ってきたぼくだが、4号機は今まで見たどれにも似ていなかった。事故直後から、とりあえず応急措置としてコンクリートなどで覆った結果、その外観は「石棺」と呼ばれるようになった。4号機が何にも似ていないのは当然だ。普通の構造物のような「設計」によるシルエットではないのだから。この形は、いわば人間の「慌てぶり」の物体化である。

大友克洋のマンガ『AKIRA』には、人体実験の末生み出してしまった危険極まりない超能力者を冷凍睡眠させる装置が登場する。その異様な装置を目の前にした登場人物がこう言う。「見てみろ……この慌てぶりを……怖いのだ……怖くてたまらずに覆い隠したのだ……自ら開けた恐怖の穴を慌てて塞いだのだ……」。これはまさに石棺のことだ。原発事故はこの作品の連載中に起こっている。

ここには生活があり、愛着を感じるに足る町がある

たった一度訪れただけだが、かの地に対する愛着ができた。大事故を起こした原発のある場所に愛着、というのは奇妙に感じられるかもしれない。しかし、ここには生活があって、愛着を感じるに足る町ができている。世界中からたくさんの技術者が集まり廃炉作業が行われていて、ということは人びとが食事をし、談笑し、休む、といったことが行われているわけだ。未曾有の事故の落とし前を付けるために、多くの人の日常が必要とされる。作業現場では犬も飼われていた。

作業員のみなさんが食事をする食堂でお昼ごはんを食べる、という経験もした。カウンターの中で配膳をするおばちゃんは目が合うとにこりと微笑んだ。地元の人なのだろう。おそらく、朝ここへ出勤し、仕事をして夕方には家に帰るという毎日。彼女にとってはこれが日常なのだ。そう気づいて、おかしいような泣きたいような、なんだかへんな気持ちがした。だから、ロシアの戦車が、チョルノービリ原発の前、まさに食堂が入っている建物付近に侵入した映像を見てショックを受けた。あの日常はどうなっただろう。

チョルノービリ原発の全景。左にみえるのが建設途中の「新石棺」(2016年撮影)
撮影=大山顕
チョルノービリ原発の全景。左にみえるのが建設途中の「新石棺」(2016年撮影)

キーウ市内の散策も思い出深い。世界一地表から深い地下鉄駅など忘れがたい光景がいくつもあるが、中でも印象深いのは中心部にある独立広場だ。この広場はユーロマイダンと呼ばれる、2013年から2014年にかけてのデモの舞台となった場所だ。このデモによって親ロシアのヤヌコーヴィチ大統領が追放された。

多くの国で、中心となる広場は宮殿や聖堂、政治的な施設に面している。ところがこの独立広場の場合、その横にあるのはモールだ。宮殿ではなくモール。ウクライナが目指しているものを象徴しているようでおもしろい。